2025年も残すところわずかとなった。恒例の「上州まったり紀行Award(アワード)」を発表して、1年の締めくくりとしたいと思う。
今年は64ヶ所(件)の記事をUPすることができた。これは「上州まったり紀行」を始めて16年になるが、過去最少となる。毎年150ヶ所以上訪問してきて、さすがにコロナ禍最中は110~120ケ所程度に減少していた。今年はさらにその半分になってしまった。
いろいろ理由はあるのだが、簡単に言うと「忙しかった」から。ほぼこれに尽きるのだが、強いてもうひとつ挙げると、昨今話題の「クマ」の心配もあったから(どうしても神社仏閣は山あいにあるところが多いので)。
そのため訪問市町村は、太田市・太田市(旧新田町)・太田市(旧尾島町)・藤岡市・神流町にとどまった(比較的山あいの神流町も5月の訪問だった)。
訪問箇所は少なかったが、もちろん記憶・印象に残った場所は多かった。では、2025年個人的偏見による印象に残った神社仏閣、遺跡・史跡です。造形や趣・歴史的価値などだけでなく、謂れが印象に残った場所も含む。
・義平山清泉寺(太田市世良田町)
清泉寺には源義平(源義朝嫡男、源頼朝の長兄)の墓と伝わる石塔がある。正室の祥寿姫(新田義重娘)が秘かに上野国へ持ち帰り、埋葬した場所が当所とされる。真実性は別にして、新田莊の歴史も含め思いを馳せることができる。
・生品神社(太田市新田市野井町)
生品神社は新田義貞が元弘3年(1333年)鎌倉幕府討伐の旗を挙げた地とされ、昭和9年(1934年)に「新田義貞挙兵伝説地」として国の史蹟に指定されている。新田義貞旗挙塚(はたごつか)跡や新田義貞床几塚(しょうぎつか)跡がある。
・土師神社(藤岡市本郷)
土師(埴輪や土師器を製造する人々)が氏神として野見宿禰を祀ったのが始まりとされる。ご祭神の野見宿禰が當麻蹴速と闘ったのが相撲の起源とされており、その由緒から境内に「土師の辻」と呼ばれる相撲の土俵がある。
・土師神社の流鏑馬
土師神社の秋の例祭には流鏑馬が奉納される。土師神社の参道は170mで流鏑馬を行うには少し短いので、通常3射のところ2射となる。しかし馬場と観客が近いため非常に迫力があり、スピード感を肌で感じることができる。
・藤岡諏訪神社(藤岡市藤岡) 藤岡諏訪神社 その2
藤岡諏訪神社には、首相・陸軍大臣などを歴任した田中義一・ふみ子夫妻が奉納した「狛虎」がある(夫妻と書いたが、厳密にはふみ子夫人は正妻ではない)。また、藤岡市は絹市場として栄えていたため、三井越後屋が奉納した常夜灯・手水舎、宮神輿(2座)がある。
・いち子岩(神流町船子)
平家の落人「いち子姫」にまつわる伝説のある巨岩である。寿永4年(1185年)壇ノ浦の合戦で破れた平家の縁者「いち子姫」は当地まで落ち延びたが、ついに追っ手に見つかってしまいこの岩から深い淵に身を投じたとされる。
・万葉大吊橋(神流町黒田)
万葉大吊橋は神流川にかかる長さ89m・幅1.5mの吊り橋。橋板の中央を開けており、下部に張られた金網越しに神流川が見える。これがけっこう怖い。ただ、高いところが苦にならない人には、何も面白くないと思う。
今年も「上州まったり紀行」をご覧いただきありがとうございました。多くの方々にブログを見ていただき、感謝しかありません。2026年はなんとか時間を都合して、もう少し各地を訪問したいと考えているので、引き続きよろしくお願いいたします。みなさま、良いお年をお迎えください。