多野郡神流町柏木の柏木神社。

柏木神社は元は神明宮であり、その創建は天文年間(1532~55年)とされる。馬之丞と名乗る武士が落ち延びてきて柏木村に住み着き、次第に村内での勢力を伸ばしていった。馬之丞が伊勢国出身だったことから、伊勢の皇大神(天照大神)を勧請したといわれる。
大正3年(1914年)に村内の野栗神社・金山社・稲荷社・菅原社・諏訪社・金比羅社などを合祀し柏木神社となっている。地元の人たちは今も当社を「伊勢森」と呼んでいる。



社殿は明治25年(1892年)の神川村大火により焼失。翌26年に再建されている(棟札が残っている)。当時の祠掌(神職の職名)が社木を売って再建費用を捻出したという。
ちなみに、大火当時は神川村であった。明治21年(1888年)の市町村制施行時、万場村・柏木村・麻生村・生利村など8村が神川村となった。万場町となるのは大正15年(1926年)のこと。現在は平成15年(2003年)に中里村と合併し神流町。

拝殿から左側に別棟が繋がっている。見たことがない構造だ。中を見たら物置のような状態になっていた。

境内社。詳細不明。
当地に神明宮を勧請した馬之丞は、名主の新井家ともめ事が絶えなかった。結果的に名主に鉄砲で撃ち殺されてしまった。また、これが原因で名主の娘「お蝶」が谷底深くにあった小さな穴で育てられることになった。これが「お蝶ヶ穴」とされる。
(「神流町柏木・お蝶ヶ穴」参照)










































































































































































































































































































