上州まったり紀行

Tigerdream が群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などを紹介するブログ

カテゴリ: 群馬の博物館・資料館・テーマパーク


佐波郡玉村町上福島の北部公園内のバラ園。

玉村町北部公園 バラ園 (1)
バラ園には80種・380本のバラが植栽されている。四季咲きのバラが多いので四季を通じて楽しむことができるという。バラは玉村町の「町の花」になっている。

玉村町北部公園 バラ園 (2)
玉村町北部公園 バラ園 (3)
玉村町北部公園 バラ園 (4)
玉村町北部公園 バラ園 (5)
玉村町北部公園 バラ園 (6)
玉村町北部公園 バラ園 (7)
玉村町北部公園 バラ園 (8)
玉村町北部公園 バラ園 (9)
玉村町北部公園 バラ園 (10)
アウェイクニング、アスピリンローズ、ヴェスターラント、エル、ストロベリーアイス、つるブルームーン、ネオン、マイナウフォイアー、ロイヤルサンセット、月光、新雪、マジックメイディランド、ラヴェンダードリームなどの品種があるようだ。

写真の順番と品種の記載順は、まったく対応してないです。写真を撮っている途中で分からなくなってしまった。すみません。

*訪問日は5月下旬なので、現在の開花状況とは異なります。


甘楽郡甘楽町小幡のこんにゃくパークの2回目。
(1回目は「甘楽町小幡・こんにゃくパーク」参照)

こんにゃくパーク (1)
一番奥が入口になっている。入ると受付があり、人数と訪問回数(初回かどうか)を回答すると、無料バイキングチケットがもらえる。

こんにゃくパーク (2)
順路に従い2Fに上がると、撮影エリアがある。

こんにゃくパーク (3)
その横から工場見学ルートに入る。

こんにゃくパーク (4)
こんにゃくパーク (5)
こんにゃくパーク (6)
パネルでこんにゃく関連の説明を見ながら、製造ラインを窓から見ることができる。こんにゃくゼリーのライン。

こんにゃくパーク (7)
板こんにゃくの製造ライン、最後の検品・箱詰めかな。

こんにゃくパーク (8)
製造ラインを一通り見学後、1Fに降りお土産コーナーをぶらつく。

こんにゃくパーク (9)
こんにゃくゼリーやこんにゃくプリンなど、いろんな物が入れられる「詰め放題」。500円ってあったかな。

その他、お土産コーナーの商品を適当に紹介。

こんにゃくパーク (10)
こんにゃく入り餃子。「プルプル」らしい。

こんにゃくパーク (11)
こんにゃくそばやこんにゃくうどん。こんにゃくラーメンもあった。

こんにゃくパーク (12)
おつまみ類。こんにゃくがどのように入っているのだろう?

こんにゃくパーク (13)
カステラやクッキーなど。さすがにこんにゃくは入ってないのかな。良く見てこなかった。

こんにゃくパーク (14)
地酒。

こんにゃくパーク (15)
こんにゃく焼酎。

こんにゃくパーク (16)
こんにゃくゼリー。りんご味やみかん味。

こんにゃくパーク (17)
こんにゃくパークのマスコットキャラ「たまこんちゃん」グッズ。「たまこんちゃん」は玉こんにゃくから来ている。

こんにゃくパーク (18)
無料こんにゃくバイキング。様々なアレンジのこんにゃく料理が味わえる。こんにゃく寒天ゼリーを使ったスイーツバイキングコーナーもある。

しかしオレは食事後に行ったので、バイキングを食していない。まあ、元々行く予定ではなかったので。次回行くことがあったら、空腹状態で行こう。

こんにゃくパーク (19)
こんにゃくパーク (20)
こんにゃくパーク (21)
これはこんにゃくパークHPなどから拝借。美味しそうだ。

ただし新型コロナの状況によっては、営業時間の短縮や中止もあるようなので、事前の確認が必要だ。


甘楽郡甘楽町小幡のこんにゃくパーク。

こんにゃくパーク (1)
こんにゃくパークはヨコオデイリーフーズが運営する、日本の伝統食材「こんにゃく」のテーマパーク。平成26年(2014年)4月のオープン。こんにゃくの美味しさと文化を体験できる施設づくりをしているとのこと。

「たてヨコオいしい!」がコンセプト。これは「こんにゃく」はタテ・ヨコ・丸・三角など、様々な形・多様な料理をしても美味しいことをヨコオデイリーフーズが繋ぐという思いを込めているらしい(分かりづらい理念だ)。

前身は平成23年(2011年)6月にオープンした「こんにゃく博物館」。それを発展・拡大させたのが「こんにゃくパーク」になる。
(こんにゃく博物館は「甘楽町小幡・こんにゃく博物館」参照)

こんにゃくパーク (2)
パーク内は南国風なアレンジがされている。コテージ風(東屋と言った方がいいかな)で休憩できる。

こんにゃくパーク (3)
ストレッチができる器具(腰や背筋を伸ばせる)がある。長いドライブをして家族を連れてきたお父さんのためかな。

こんにゃくパーク (4)
こんにゃくパーク (5)
足湯が5つある。「アジアンストーン風呂」「サンセットリゾート風呂」などの名称がついているが、お湯(水)は同じ。名水100選にも選ばれている雄川堰の地下水汲み上げている。

こんにゃくパーク (6)
こんにゃくパーク (7)
こんにゃくパーク (8)
運玉神社。こんにゃくを祀っているのかな。こんにゃくは栽培が難しかった(病気に弱い)ので、運が良くなければ収穫できない植物だということから「運玉」と呼ばれていた。

こんにゃくパーク (9)
ミニ観覧車「りとるふらわぁ」。ネーミングは公募で決まっている。

こんにゃくパーク (10)
定番の顔はめパネル。

こんにゃくパーク (11)
こんにゃくパーク (12)
クレーンを操作してボールをすくうゲームやバイクゲーム。

こんにゃくパーク (13)
パーク内の隅の方にあった休憩用のイス(白いもの)と動物のオブジェ。動物は分かりづらいがイヌ・ゾウ・ひつじかな。

こんにゃくパーク (14)
なかなか中に入らなくて申し訳ないが、フーズマーケット(野菜の直売所)に入ってみる。

こんにゃくパーク (15)
こんにゃくパーク (16)
群馬県産のイチゴ(やよいひめ)やタマネギ、下仁田ネギなど、多くの野菜が並んでいた。ジャガイモ(鹿児島県産)やメロン(茨城県産)などの他県のものも。値段は安いと感じたが、詳しくないので細かいところは分からない。

長くなったので、施設内は(工場ゾーンとお土産ゾーンなど)は次回。


甘楽郡甘楽町金井のめんたいパーク群馬。

めんたいパーク (1)
めんたいパーク群馬は明太子の老舗「かねふく」(本社・福岡市)が運営する明太子専門のテーマパーク(正確には「かねふく」の関連会社である「かねふくめんたいパーク」の運営)。今年(2022年)の4月9日にプレオープン、4月21日にグランドオープンしている。

めんたいパーク (2)
建屋には明太子をイメージしていると思うわれるマスコットキャラクターが乗っている。ただオレにはお蚕に見える。

めんたいパーク (3)
建屋に乗っているのは「タラピヨ」(右)。メガネをかけているのは「タラコン博士」。

めんたいパーク (4)
めんたいパーク (5)
館内の直売店。やはりメインは明太子。贈答用の立派なものから、「切子」と呼ばれる製造工程で形が崩れたり破れてしまった明太子まで。

めんたいパーク (6)
いわし明太、さば明太、紅さけ明太、イカ明太、明太子ラー油、明太子マヨネーズ、明太子入ソーセージ、めんたいシューマイなど、様々な明太子関連食品が並んでいる。

めんたいパーク (7)
からし明太子とたらこの切子、明太シューマイ(写真なし)を買ってきた。

品数があるとは言え、売り場スペースは広くはない(はっきり言えば狭い)。やはり明太子とその関連商品のみだからしょうがないけど。

めんたいパーク (8)
フードコーナー。めんたいパークならではの「めんたい丼」「明太子おにぎり」「明太ぶたまん」「明太ソフトクリーム」などが食べられる(当然のことだが有料)。

めんたいパーク (9)
「つぶつぶランド」と名付けられた見学ギャラリーエリア。氷川きよしのパネルがあるが、かねふくのCMに出ているらしい。群馬(関東エリア)で流れている?

めんたいパーク (10)
多くの鏡でトリックアート的になっている空間。

めんたいパーク (11)
「明太子の親は誰だ?」「スケソウダラの成長をさぐれ!」など、パネル展示で明太子やスケソウダラの知識が学べる。

めんたいパーク (12)
ボールが金属製の音板の上を転がり落ちる際にメロディを奏でる「メロディコースター」。その他、いくつか遊具(ゲーム?)が置いてある。

めんたいパーク (13)
めんたいパーク (14)
製造工程の一部が見られる工場見学エリア。

めんたいパーク (15)
めんたいパーク (16)
めんたいパーク (17)
「タラピヨ」「タラコン博士」のぬいぐるみやストラップなども、しっかり売っている。

めんたいパーク (18)
めんたいパーク (19)
2Fはキッズランド。ブロック遊びやスライダー(滑り台)、ボルタリングなどができる。

やっぱり直売店がメインだと思う。いろんな明太子関連食品があるので、明太子好きにはいいかもね。また、子どもが遊べるスペースも広いので家族で行けるのもいいところかな。


前橋市総社町総社の総社歴史資料館。

総社歴史資料館 (1)
総社資料館が老朽化(耐震上の問題)し休館していたが、平成28年(2016年)に現在地へ移転、新築の総社歴史資料館としてオープンした。

1Fは「山王廃寺」や「総社古墳群」、「総社藩主・秋元氏」関連の展示。
総社歴史資料館 (2)
総社歴史資料館 (3)
大正時代初めに塔の心柱を支える塔心礎が偶然発見され、東日本を代表する古代の寺院であったことが分かった山王廃寺。

総社歴史資料館 (4)
総社歴史資料館 (5)
総社歴史資料館 (6)
総社歴史資料館 (7)
「放光寺」の文字瓦や軒丸瓦などは実物が展示されている。

放光寺は世界遺産「上野三碑」のひとつである山ノ上碑の碑文に登場する。山ノ上碑は天武天皇10年(681年)の建碑で、完全な形の碑では日本最古とされる。山ノ上碑は放光寺の僧・長利が、亡母の黒売刀自を供養するとともに、一族の系譜を記した墓誌。山ノ上碑の隣にある山ノ上古墳の被葬者が黒売刀自。

放光寺に関しては諸説あったが、山王廃寺から文字瓦が出土したことから、現在では放光寺=山王廃寺と推定されている。

関連
 「祝・世界記憶遺産登録 上野三碑再訪
 「前橋市総社町・山王廃寺跡

総社歴史資料館 (8)
総社歴史資料館 (9)
宝塔山古墳の家形石棺(レプリカ)とその破片(実物)。

総社歴史資料館 (10)
総社歴史資料館 (11)
総社二子山古墳出土の頭椎太刀と遠見山古墳出土の馬形埴輪。

2Fは古代から現代までの生活に関する展示。
総社歴史資料館 (12)
総社歴史資料館 (13)
総社歴史資料館 (14)
総社歴史資料館 (15)
農耕機具、養蚕器具、鍋の歴史、計量器具など。

総社地区はある意味、歴史の宝庫なので見応えがある。


渋川市北橘町真壁の渋川市北橘総合支所2Fにある渋川市埋蔵文化財センター。

渋川市埋蔵文化財センターは、平成25年(2013年)の開館。3部屋(展示室)の小規模なもの。オレが行った時は2部屋のみの展示だった(第3展示室は空っぽだった)。

渋川市埋蔵文化財センター (1)
第1展示室入り口前に、金井東裏遺跡から発見された「甲を着た古墳人」のレプリカが展示されている。

渋川市埋蔵文化財センター (2)
従来未公開だった浅田遺跡3号墳出土の鹿角装鉄剣が展示されていた。

渋川市埋蔵文化財センター (3)
渋川市埋蔵文化財センター (4)
同じく浅田3号墳から出土の鶏形埴輪と土器。

渋川市埋蔵文化財センター (5)
渋川市埋蔵文化財センター (6)
渋川市埋蔵文化財センター (7)
中ノ峯古墳出土の鉄刀など。

渋川市埋蔵文化財センター (8)
渋川市埋蔵文化財センター (9)
渋川市埋蔵文化財センター (10)
榛名山の噴火により埋没した中筋遺跡の復元模型と出土物。

渋川市埋蔵文化財センター (11)
渋川市埋蔵文化財センター (12)
同じく、榛名山の噴火により埋没した黒井峯遺跡の出土物。ちなみに、6世紀初頭の噴火で埋没したのが中筋遺跡で、6世紀中頃の噴火で埋没したのが黒井峯遺跡。

渋川市埋蔵文化財センター (13)
金井丸山古墳出土の鉄剣3振。

渋川市埋蔵文化財センター (14)
渋川市埋蔵文化財センター (15)
空沢遺跡の出土物。首飾りは46号墳。

市役所支所庁舎内のため、平日しか見学できないの難だが、渋川市内の貴重な出土品を見ることができる。オレは昼休み時間に行ってしまい、ちょっと迷惑を掛けた。でも、文化財保護課の職員さんが快く対応してくださり感謝。


高崎市綿貫町の群馬県立歴史博物館。
今回は企画展「すごいぞ! 江戸の科学」を見に行った。

企画展 (1)
第96回企画展「すごいぞ! 江戸の科学」は、地図・天文暦学・和算の発展に寄与した江戸時代の科学者たちの人物像とその功績を、肖像画や屏風・古地図などの様々な資料を通して紹介している。

実は、この企画展に知り合いのご先祖さまの遺物が出展・展示されているのだ。その方は江戸末から明治初年の人で、和算の大家にして大数学者。多数の門弟を持ち、自身や門弟が神社などに多数の算額を奉納している。

企画展 (2)
展示されているのは象限儀(展示No90)。測量機器で、円の4分の1の扇形をしており、これに望遠鏡をつけ天体を観測しながら現在地の緯度を割りだすもの。江戸時代の物なので木製。
*企画展は写真が撮れないので、象限儀は写ってないがパンフの写真でご勘弁を

テーマ展示 (1)
入ったついでに常設展展示も一廻り。最後のテーマ展示「塚廻りの埴輪 -小古墳群の美しき埴輪世界-」に興味を引かれた。塚廻り古墳群からは300体以上の埴輪が出土しており、その中の8体が展示されていた(すべて国の重文)。

テーマ展示 (2)
椅坐する男子。椅坐とは椅子に座り、足を降ろした姿勢のこと。帽子を被り籠手を着け、倭風太刀を備える。高さ82.3cm。塚廻り3号墳出土。

テーマ展示 (3)
椅坐する女子。腰に鈴鹿が身を着け、魔除けの鋸歯文を描いた太帯と襷を身につけている。巫女と考えられる。高さ68.9cm。塚廻り3号墳出土。

テーマ展示 (4)
椅坐する男子。首には玉飾り、袴には朱門の水玉文様。高さ64cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (5)
跪坐する男子。跪坐とは正坐姿勢のこと。籠手と腕輪を着け、太刀を帯びている。高さ49.4cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (6)
太刀を持つ女子。鋸歯文様の袈裟襷を掛け、右手に太刀を持つ。高さ78.7cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (7)
坏を持つ女子。首飾りは勾玉が多数付いている。高さ76.4cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (8)
右手を挙げる男子。帽子を被り腰紐のみのシンプルな衣装。馬子と考えられる。高さ76.6cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (9)
飾り馬。鞍、輪鐙、手綱を付け、鈴付胸がい、杏葉も。高さ70cm。塚廻り4号墳出土。

「企画展」を見に行って、ついでの「テーマ展示」で塚廻り古墳群出土の埴輪が見られたのはラッキーだった。

関連
 「太田市龍舞町・塚廻り古墳群第4号古墳


富岡市妙義町上高田の富岡市郷土館。
妙義庁舎の敷地内にある。

富岡市郷土館 (1)
富岡市郷土館は平成28年(2016年)の開館。富岡市のHPを見るとリニューアルオープンとあったので、以前から展示施設があったのかも。1Fは市内文化財のパネル展示と富岡製糸場関連、2Fは埋蔵文化財を年代別に展示している。

富岡市郷土館 (2)
富岡市郷土館 (3)
富岡市郷土館 (4)
遺跡の発掘パネルや富岡製糸場から出土した瓦など。1Fはちょっと残念感が漂いまくりで、余り期待しないで2Fへ。

富岡市郷土館 (5)
富岡市郷土館 (6)
富岡市郷土館 (7)
打って変わって2Fの出土遺物展示は、オレの興味・嗜好に合致! 縄文土器の「獣面把手」など興味をそそりまくり。

富岡市郷土館 (8)
富岡市郷土館 (9)
富岡市郷土館 (10)
古墳時代、古代・中世の遺物もまったく飽きずに見ることができた。余り広くはないけど、2Fは楽しかった。展示物が多いわけではないが、けっこうな時間居たと思う。

富岡市が「これはすばらしい! という逸品を展示」「出土品の中から選りすぐりのものを展示」と書くだけはあると思った。1Fをもう少しどうにかしてくれると何回も行くと思う(無料なので)。


渋川市北橘町下箱田の群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館。
渋川市の金井東裏遺跡より出土した3号人骨(首飾りの古墳人)の実物大レプリカが3月に完成し、3月18日~4月29日まで公開された。

首飾りの古墳人 (1)
首飾りの古墳人 (2)
首飾りの古墳人 (3)
首飾りの古墳人 (4)
金井東裏遺跡から「甲(よろい)を着た古墳人」とともに出土した首飾りをした女性人骨のレプリカ。6世紀の榛名山の噴火による火砕流で犠牲になった成人女性のものと見られる。青い管玉とガラス玉の首飾りをした状態で見つかった。推定身長は143cm。

甲を着た古墳人 (1)
甲を着た古墳人 (2)
甲を着た古墳人 (3)
「甲を着た古墳人」の実物大のレプリカもあった。平成25年(2013年)に実物を見にきたが、甲と人骨はその後切り離されたのでレプリカとして残されている。

2号甲 (1)
2号甲 (2)
「甲を着た古墳人」から西に1.5mほど離れた場所で見つかった「2号甲」のレプリカ。火砕流に晒され土中に埋もれていたため鉄さびの塊のようになってしまっている。小札(こざね)と革ひもを用いて作られた小札甲。

所々に小札の輪郭や革ひもの痕跡が残っていると言うが、オレには分からなかった(レプリカの上に置いてあるのが小札)。

関連
 「甲(よろい)を着た古墳人・群馬県埋蔵文化財調査センター
 「群馬県埋蔵文化財調査センター 発掘情報館


高崎市綿貫町の群馬の森内にある群馬県立歴史博物館。平成23年(2011年)に展示中の重要文化財に水滴が落ち、展示物に被害を与えたことで改修が決定。改修中の休館を経て平成28年(2016年)プレオープン。翌平成29年(2017年)、本格的なリニューアルオープン。

リニューアル後、群馬の森には何回も行っているけど、歴史博物館には足が向かなかった。理由は駐車場に車が多く混んでいそうだったから。いつでも来れると思うと後回しになる。

県立歴史博物館 (1)
入場料金は300円。以前は200円だったような気がする。企画展をやっているときなどは高くなる。行った時は「織田信長と上野国」という企画展をやっていたので、そっちも見ると600円。

常設展示の最初は「東国古墳文化」。観音山古墳の出土物を中心に展示。
県立歴史博物館 (2)
県立歴史博物館 (3)
県立歴史博物館 (4)
県立歴史博物館 (5)
県立歴史博物館 (6)
県立歴史博物館 (7)
県立歴史博物館 (8)
県立歴史博物館 (9)
県立歴史博物館 (10)
県立歴史博物館 (11)
県立歴史博物館 (12)
観音山古墳は未盗掘で様々な副葬品が出土し、その多くが国の重文になっている。オレ的にはこの部屋だけで充分に元が取れるくらい。何時間でもいられると思った。

後は以前のように年代別の展示。そんなに目新しい物はないような感じだったが、上野三碑の実物大のレプリカがあった(なぜか山上多重塔も)。

常設第2展示室は「原始」。
県立歴史博物館 (13)
県立歴史博物館 (14)
県立歴史博物館 (15)
県立歴史博物館 (16)
県立歴史博物館 (17)
県立歴史博物館 (18)
原始時代はやっぱり岩宿遺跡の出土品や縄文土器など。縄文土器はいつ見ても美しい。オレの好み。

常設第3展示室は「古代」。
県立歴史博物館 (19)
県立歴史博物館 (20)
県立歴史博物館 (21)
県立歴史博物館 (22)
県立歴史博物館 (23)
県立歴史博物館 (24)
県立歴史博物館 (25)
古代編は古墳からの出土物、上野三碑のレプリカなど。上野国分寺や山王廃寺(放光寺)関連など。

常設第4展示室は「中世」。
県立歴史博物館 (26)
県立歴史博物館 (27)
県立歴史博物館 (28)
県立歴史博物館 (29)
県立歴史博物館 (30)
中世編は新田氏関連や戦国時代ものが多い。大田市世良田町・総持寺蔵の新田義貞木像の実物が展示されていた。これはうれしい。井伊直政の赤備え(兜、甲冑、軍配)もあった。

常設第5展示室は「近世」。第6は「近現代」。
県立歴史博物館 (31)
県立歴史博物館 (32)
近世辺りから、途端にオレの興味が薄れてくる。倉賀野宿の模型があったがチラ見程度。近現代は富岡製糸場や定番のスバル360。

テーマ展示で「明智光秀の源流 沼田藩土岐家の中世文書」をやっていた。
県立歴史博物館 (33)
あんまり興味を引く物はなかったが、足利尊氏の書状。

県立歴史博物館 (34)
企画展「織田信長と上野国」に関しては、オレ的にはまったくの外れ。だいたいタイトルに偽りありだな。信長と言うよりは「織田家」及び織田家臣団。

以前も観音山古墳の出土品は多く展示されていたがレプリカが多かったように思う。今回は実物が多く展示されており、しかもほぼ1室を使って展示されており大満足。また、総持寺蔵の新田義貞木像が見られ、さらに満足。これだけで満腹。今回、企画展見学も含め約1時間いたんだけど、最初の「東国古墳文化展示室」に30分以上いた。係員もなかなか次に行かないなと思っていたかも(笑)。


藤岡市高山の高山社情報館。

高山社情報館 (1)
高山社情報館は高山社跡が世界遺産に登録されたことを受け、平成28年(2016年)に開館した。

高山社情報館 (2)
情報館前には高山長五郎の銅像が建っている。確か、以前は藤岡市役所の中庭にあったと思う。情報館の開館に伴い移転したんだと思う。

情報館では高山社の各種資料や藤岡地域の養蚕についてのパネル、養蚕道具・資料等を展示している。

高山社情報館 (3)
高山長五郎の人形。

高山社情報館 (4)
高山社蚕業学校の全景模型。

高山社情報館 (5)
高山社情報館 (6)
蚕や養蚕に関する説明パネル。

高山社情報館 (7)
高山社情報館 (8)
高山社蚕業学校の卒業証書と教員免状。

高山社情報館 (9)
高山社情報館 (10)
実際の養蚕道具。
下の写真の左の道具は「福島式桑刻機」。右は座繰り機。
(「藤岡市藤岡・福島元七顕彰碑」参照)

高山社跡自体は以前行っているので、今回は寄っていない。中に入れたかもしれないが、別にって感じなので・・・。
(「藤岡市高山・高山社跡」参照)

ついでに、高山長五郎のお墓は高山社のすぐ西(ちょっと山の中腹)の興禅院にある。
(「高山長五郎の墓・鷲峯山興禅院」参照)


安中市安中(2丁目)の洞谷山龍昌寺。

過去2回紹介したが、2度目の訪問の際、境内に「世界乗物館」という小さな建屋を見つけた。過去の訪問記は下記参照。
 「安中市安中・洞谷山龍昌寺」 「儒学者 山田三川の墓・洞谷山龍昌寺 その2

世界乗物館(龍昌寺) (1)
世界乗物館(龍昌寺) (2)
恐る恐る入ってみた。確か「ご自由にお入りください」とあったような気がするが、定かではない。

世界乗物館(龍昌寺) (3)
世界乗物館(龍昌寺) (4)
世界乗物館(龍昌寺) (5)
大量のミニカーが並んでいた。かなりの数だ。定番のスポーツカーからバスやトレーラーまである。

世界乗物館(龍昌寺) (6)
ポルシェ911。

世界乗物館(龍昌寺) (7)
ベンツのクラシックカー(SSKL)。

世界乗物館(龍昌寺) (8)
フェラーリテスタロッサ。

よく位置づけが分からない施設だが、個人的にはけっこう楽しめた。住職さんの趣味?


伊勢崎市華蔵寺町の華蔵寺公園遊園地。

華蔵寺遊園地 (1)
華蔵寺遊園地 (2)
華蔵寺公園をブラブラしたついでに、遊園地を覗いて見た。入園料は無料で、遊具毎に料金を支払うシステム。料金は高くても350円(ジェットコースター)。

料金は70円券が基本なので、すべて70円の倍数設定。乗り物券に有効期限はないので、余っても次回に使えるという優しさ。さらには、大人も子どもも同料金。

華蔵寺遊園地 (3)
大観覧車。高さ70mの華蔵寺遊園地のランドマークタワー的な存在。かなり遠くからも見えるので、「あそこが華蔵寺公園か」と、いつも思う。280円。

華蔵寺遊園地 (4)
メリーゴーランド。70円。

華蔵寺遊園地 (5)
ヘリタワー。140円。

華蔵寺遊園地 (6)
スカイファイター。70円。

華蔵寺遊園地 (7)
小型の乗り物。これは現金で50円(だったと思う)。

これ以外にも、豆汽車、、マジカルグライダー、3Dシアターなど、幼児から楽しめる。小さい子どもさんを連れた親子連れが多かった。

ジェットコースターと急流すべり(スペースストリーム)は、道の反対側にあるので見そびれた。


吾妻郡高山村中山のぐんま天文台。

ぐんま天文台 (1)
ぐんま天文台は平成5年(1993年)に群馬県の人口が200万人に達したこと、及び平成6年(1994年)に日本初の女性宇宙飛行士・向井千秋(館林市出身)が宇宙に飛び立ったことなどを記念して天文台建設が計画され、平成11年(1999年)にオープンした。

ぐんま天文台 (2)
ぐんま天文台 (3)
屋上に設置された口径30cmの望遠鏡を太陽に向け、その光を展示室の直径約1mの投影板に映している。(上の写真の円柱の台)ゴミのようにも見えるが、太陽の黒点がはっきり見える。また、プロミネンスも見ることができる。(当然のことながら、晴れている昼間しか見られない)

ぐんま天文台 (4)
150cmの反射望遠鏡。この望遠鏡は、目で直接覗くことができるものとしては世界最大クラス。係員の方が構造とか理屈を非常に丁寧に説明してくれた。ちょっと難しい。子ども心に戻って、星を見たくなった。

ぐんま天文台 (5)
大きくて全体写真がうまく撮れなかったので、ぐんま天文台HPから写真を拝借。

ぐんま天文台 (6)
65cm反射望遠鏡。150cm反射望遠鏡に比べ鏡が小さいため集光力は劣るが、視野は広いという利点がある。

ぐんま天文台 (7)
小惑星探査機「はやぶさ」の回収カプセルのレプリカ(実物大モデル)。これは株式会社IHIエアロスペース社が群馬県に寄贈してくれたもの。

ぐんま天文台 (8)
ぐんま天文台 (9)
天文台本館前広場には、英国の古代遺跡ストーンヘンジに似たストーンサークルと18世紀のインドの天体観測施設ジャンタル・マンタルが再現されており、実際に太陽や月・星の動きを観察できる。

その名の通り天文台なので、天体観望や天体観察会などの実際の観測体験を行うことが主眼のため、オレのように施設見学だけで行くよりは、やっぱり月や星の観測体験も兼ねて行くべきだ。

実は小学生高学年だったか中学生の頃、本気で天体望遠鏡を買おうかと思ったこともあるくらい、天文って好きだったんだよね。(諸般の事情で買わなかったけど。買えなかったかな)その頃に、こんな立派な天文台があったら違っていたかもね。

ぐんま天文台 (10)
ところで、天文台へは駐車場から約600m(標高差60m)の遊歩道という名の階段(522段!)を登って行かなくてはならない。10~15分程度だけど、けっこう大変。ただ、標高も高いし山の上なので、風が涼しく助かった。

ぐんま天文台 (11)
さらにはクマの目撃情報もあるようで、熊に出会ってしまった時の注意事項が書いてあった。遊歩道入り口には、クマよけの鈴も置いてあった。


高崎市榛名湖町の榛名公園ビジターセンター。

榛名ビジターセンター (1)
榛名公園ビジターセンターは、動植物や地質の面から、榛名山の成り立ちや現在の様子を知ることができる施設。展示スペースは広くはないが、ちょっとした展示物がある。

榛名ビジターセンター (2)
榛名ビジターセンター (3)
榛名ビジターセンター (4)
榛名ビジターセンター (5)
榛名ビジターセンター (6)
やっぱりクマが目立つね。

榛名ビジターセンター (7)
売店(ロッジ)が併設されていて、軽食を取れお土産も買える。ロッジの目の前は榛名湖。景観は非常に良い。

この日もロッジにはそれなりに人がいたが、展示を見てる人はいなかった。まあ、こういう展示を見る人は少ないのでしょうがないか。


北群馬郡榛東村長岡の卯三郎こけし。

卯三郎こけし (1)
卯三郎こけし (2)
卯三郎こけしの創業者天岡本卯三郎は大正6年(1917年)榛東村に生まれ、昭和25年(1950年)よりこけし創りを手がけている。そして昭和54年(1979年)現在地に近代化も導入した工房を新設(現在は2代目卯三郎)。

ろくろ技術の製法に加えて特殊機械の技法を取り入れ、筆による絵付けに彫刻や焼き絵を融合させるなど、新たな作風を開拓。立体感を表現できる焼き絵は卯三郎考案の新技法。

館内に「創作こけし工芸館」があり、卯三郎こけしや県内こけし作家のコンクール大臣賞受賞作品など約1000点を展示している。

卯三郎こけし (3)
卯三郎こけし (4)
卯三郎こけし (5)
卯三郎こけし (6)
卯三郎こけし (7)
創作こけしだからか、イメージするこけしとはちょっと違い、ほのぼのと言うか温かみがあると言うか。

卯三郎こけしは近代こけしと呼ばれているようで、おかっぱ頭の童女が多い。これは柔軟性の象徴なのだそうだ(伝統的な丸い頭のこけしは、主に東北地方で作られている)。

帰りにお土産でもと思ったが意外と値段がはるのね。手ごろなのは思いっきりちっちゃいし・・・。ちょっと手が出ず。

こけしの絵付け体験もできるので(15人以下なら予約不要)、時間があればやってみたかったかなと(コースが3つあり、最長で2時間くらいかかるらしい)。


北群馬郡吉岡町上野田のおもちゃと人形 自動車博物館。
伊香保とついているが、実際は吉岡町にある。

おもちゃと人形 自動車博物館 (1)
おもちゃと人形 自動車博物館 (2)
平成6年(1994年)の開館。公的な補助を受けていない私設の博物館。(自動車博物館は平成16年(2004年)の開館)

おもちゃと人形 自動車博物館という名前から、ある程度の内容は想像できるのだが、名前以上に多種多様・バラエティー豊かな博物館。

おもちゃと人形、自動車以外にも、テディベア博物館、駄菓子屋横丁、昭和スターロマン館、リス園、農業林業王国、キッズワークランドなどどの年代でも楽しめるようになっている。

まずはテディベア博物館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (3)
世界各国のテディベアが大集合!ってところか。オレ的にはスルーだけどね。

駄菓子屋横丁。
おもちゃと人形 自動車博物館 (4)
おもちゃと人形 自動車博物館 (5)
昭和の街並みをリアルに再現。駄菓子屋も昔のまま。と言ってもオレはこういう駄菓子屋は知らない世代。うちの近所にはなかった・・・。

おもちゃと人形 自動車博物館 (6)
駄菓子屋の中に、まだ荒井注がいるドリフターズのパネルが(笑)。

おもちゃと人形 自動車博物館 (7)
射的場もあった。ここは実際に射的ができる。子供たちが楽しそうに撃っていたけど、やっぱり的に当て倒すのはなかなか難しいようだ。でもハズレなしなので、何かしらもらえる。但し、もちろん有料だよ。

おもちゃと人形博物館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (8)
おもちゃと人形 自動車博物館 (9)
おもちゃと人形 自動車博物館 (10)
ブリキのおもちゃやキューピー人形など。写真はないけど、ひな人形(これもけっこう古いもの)もあった。

おもちゃと人形 自動車博物館 (11)
海外の人形もたくさんあったが、少し薄暗いところにあり、ちょっとコワい。実際泣いてる子どももいたぞ。

昭和スターロマン館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (12)
1980年代のアイドルのレコードジャケット800点、ポスター200点を展示。オレ的には、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」。ど真ん中のストライク!! 両となりは松田聖子と中森明菜だった。

自動車博物館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (13)
おもちゃと人形 自動車博物館 (14)
おもちゃと人形 自動車博物館 (15)
往年の名車がずらり。
上から、トヨタ2000GT(1967年)、日産スカイラインGT-R(1972年)、日産フェアレディZ432(1972年)。

おもちゃと人形 自動車博物館 (16)
日本を代表する軽自動車・スバル360(1967年)もあった。

おもちゃと人形 自動車博物館 (17)
人気マンガ「頭文字(イニシャル)D」実写版映画で主人公の実家として使用された豆腐店も再現されていた。主人公の乗る「ハチロク」もある。モデルは渋川市にあった藤野屋豆腐店。

おもちゃと人形 自動車博物館 (18)
中庭のようなところには映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の鈴木オートのセットと、実際に使用されたミゼットとスーパーカブがあった。

まだまだいろいろあったが、この辺で。

いやぁ~、ものすごく楽しめた。
すべてが趣味・興味に合う訳ではないが、誰が行っても何がしか興味を持てるものが、必ずあると思う。オレ的には自動車博物館のみで、入館料の元が取れたくらくい良かった。

また、展示物が基本的にすべてその時代のものだということも飽きさせない理由かな。昭和の古き街並み・看板・店もほとんどが本物。もちろん往年の名車も、かなりの費用をかけてレストアしている。

展示物やディスプレイも常に手を加えているということろも、人気が長続きしている理由だと思う。

ただ、通路が狭いのと(これも狙いなんだろうけど)、順路が必ず売店内を通るので、買い物をしている人が多いと、とたんに渋滞状態になってしまうことかな。たしか売店は一般的なお土産、駄菓子、テディベアやキューピーなどを売っている店などがあったと思う。カフェもあったな。

おもちゃと人形 自動車博物館 (19)
最後に、お土産として買ってきたサザエさんケーキ。磯野家(フグタ家)の家系図がおもしろかったので(笑)。


前回に引き続き、前橋市千代田的三丁目の前橋文学館。
ここに行った最大の理由は「大坂戦籠城之図」を見るため。

大坂冬の陣 布陣図
4月24日の上毛新聞に大坂冬の陣の武将配置を記した「大坂戦籠城之図」が展示されるという記事が載った。

旧前橋藩(松平大和守家)の藩士が、幕末の天保14年(1843年)に既存の絵図などを自らの筆で写したものらしい。大きさは約160cm×190cmで、大坂城の城郭や旗印が彩色して描かれ、武将名がびっしり書き込まれているという。

これは見に行くしかない!

さすがに実物の写真は撮れなかったけど、本当に武将が配置通り(?)にびっしり書かれていた。知ってる武将を見つけたり、名字と官職名だけだったりする武将はだれか?とか、見ているだけで楽しかった。

この絵図は旧前橋藩士のご子孫が保存していたもので、状態も非常に良く、貴重な資料である。

公開はGW(ゴールデンウィーク)期間中だけだが、本邦初公開の絵図をまじかで見られて興奮した。(公開日4月29日~5月6日)


前橋市千代田町三丁目の前橋文学館。

前橋文学館 (1)
「萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち前橋文学館」は、前橋で最も美しい場所のひとつ、広瀬川河川緑地のほとりにある。(前橋市のHPから引用)
「水と緑と詩のまち」というのは前橋市のくキャッチフレーズらしい。

前橋文学館 (2)
前橋文学館 (3)
前橋文学館 (4)
広瀬川にかかる「朔太郎橋」をわたると、朔太郎がたたずんでいた。

前橋文学館 (5)
前橋文学館 (6)
前橋文学館 (7)
前橋文学館 (8)
朔太郎展示室には朔太郎直筆の原稿やノート、愛用品などを展示。

前橋文学館 (9)
前橋文学館 (10)
前橋文学館 (11)
近代文学展示室では平井晩村や伊藤信吉など前橋ゆかりの詩人や文学者を紹介している。とは言っても、ほとんど知らないけど・・・。

朔太郎は北原白秋に師事し、26歳のとき『夜汽車』他5編の詩で、中央文壇にデビュー。大正6年に処女詩集『月に吠える』で、一躍全国に名を知らしめ、その後も『青猫』『純情小曲集』『氷島』などを次々に発表。日本近代詩に不滅の金字塔を打ち立てた。

ところで、前橋文学館へ行ったのは別の理由があってのこと。それは次回で。


藤岡市譲原の体験学習館MAG。

体験学習館MAG (1)
MAGは道の駅「上州おにし」内あり、陶芸や木工クラフトに挑戦できる体験工房や三波石の誕生を紹介した3D映像「緑の石の伝説」を上映しているMAGホールなどがある。

ここに行ったのは、体験学習に興味があるわけではもちろんなく、その一角に鬼石町から出土した遺品や三波石などを展示しているコーナーがあるから。それらを見に行った。

体験学習館MAG (2)
体験学習館MAG (3)
体験学習館MAG (4)
体験学習館MAG (5)
体験学習館MAG (6)
体験学習館MAG (7)
三波石や鏃、石斧縄文式土器、土偶などが展示されている。

体験学習館MAG (8)
近くの満福寺に伝わる「南蛮画」の原寸大写真。いずれも筆者は不明だが、画法は桃山時代の作と見られている。キリスト教布教やポルトガル貿易船などによりもたらされた西欧の風俗画を手本に、従来の日本画の材料を用いて描かれた南蛮画と呼ばれる絵画。(満福寺は次回紹介予定)

オレ的には、ここのメインは「南蛮画」の写真。はっきり言うと、これを見るためだけに行ったんだけどね。


甘楽郡甘楽町大字白倉の甘楽古代館。

甘楽古代館には2011年に1度行ったんだけど、土日・祭日が休館日だって知らなくて(行ったのは土曜日)、見学できなかったんだよね。
(「甘楽町白倉・甘楽古代館」参照)

まあ、平日にわざわざ行くこともないな、って感じだったんだけど、富岡市(甘楽町の隣)に行く用事があったことと、その後時間が空いたので寄ってみた。

甘楽古代館 (1)
甘楽古代館 (2)
木造倉庫建築を代表する東大寺の正倉院を思わせる外装(という振れ込み)。

甘楽古代館 (3)
甘楽古代館 (5)
甘楽古代館 (4)
甘楽古代館 (6)
甘楽古代館 (7)
旧石器時代(約1万年前)から鎌倉時代(約700年前)までの石器、土器や埴輪などの出土品が展示されている。

展示物もけっこう多く、それなりに見られた。

ただ、発掘した遺跡や古墳のほとんどは残ってないようだ。現在は、ゴルフ場、特養老人ホーム、福祉センター、体育館に陸上競技場などに、その姿を変えている。

まあ甘楽町に限ったことではないが、なかなか遺跡や古墳を残すのは、よほどのこと(世紀の大発見!)がないと、難しいということだね。


太田市由良町の大隅俊平美術館。

大隅俊平美術館 (1)
大隅俊平美術館 (2)
大隅俊平美術館 (3)
人間国宝・大隅俊平刀匠の功績を後世に伝えるため、平成24年(2012年)刀匠が住んでいた母屋を改修して開館した。

大隅俊平(本名は貞夫)氏は昭和7年(1932年)新田郡沢野村(現太田市)に生まれ、20歳のときに長野県の刀匠・宮入昭平氏に師事して作刀技術を学ぶ。昭和33年(1958年)独立し太田市に戻る。

「新作名刀展」で最高位の正宗賞3度受賞。平成9年(1997年)には日本刀の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されている。

平成21年(2009年)死去。享年77歳。

大隅俊平美術館 (4)
大隅俊平美術館 (5)
大隅俊平美術館 (6)
館内には、太刀等の作品だけではなく、刀匠が作刀に使用していた道具なども展示されている。

大隅俊平美術館 (8)
大隅俊平美術館 (9)
大隅俊平美術館 (10)
大隅俊平氏は日本刀の中でも乱れのない端正な刃文「直刃」を追求する刀鍛冶として知られ、近年では豪壮優美な3尺(約90cm)前後の大太刀制作に力を注いでいた。

この日は、初お披露目という大小刀(おおこがたな)を含む17点の刀剣が展示されていた。それにしても、日本刀というのはすっごく綺麗だ!

大隅俊平美術館 (11)
大隅俊平美術館 (12)
仕事場は窓越しの見学。正面に見えるのは火床(ほど)。昭和54年(1979年)から亡くなるまで、この仕事場で数々の名刀が作られた。

大隅俊平美術館 (13)
大隅俊平氏は庭いじりが好きだったというだけあって、立派な庭園である。

見学前に刀剣制作過程のビデオを観ることができ、多少の知識を持って見学することができる。


桐生市新里町鶴ヶ谷のぐんま昆虫の森。

群馬昆虫の森 (1)
ぐんま昆虫の森は平成17年(2005年)のオープン。展示や観察会などの体験を通して、群馬の里山を再現したフィールドを楽しむ趣向。身近な自然の大切さ、素晴らしさ、野草や昆虫などの生き物の不思議さや生命の大切さに気づいたり、驚いたりできる。

フィールドは広く、なんと約45ha。その中に雑木林、小川、田んぼ、畑などのゾーンがある。まあ、とは言え、メインは昆虫観察館。

群馬昆虫の森 (2)
群馬昆虫の森 (3)
ドーム型の昆虫観察館は3階建てで、いろんな昆虫が展示されていた。

群馬昆虫の森 (4)
代表でカブトムシ。ただ、他の昆虫もみんなケース内で、ちょっと残念。まあ、広いフィールド(外)で実物を観察する趣向なのかなと。

群馬昆虫の森 (5)
群馬昆虫の森 (6)
群馬昆虫の森 (7)
昆虫観察館内の昆虫ふれあい温室。チョウをはじめとする昆虫、植物など、群馬県では見られない南方系の生物を見ることができる。

とは言え、チョウしか気づかなかった。チョウの種類は分かんない。入り口に資料があったので、見てから入った方がいいみたい。

ここでは、虫採り網と虫かごが自由に借りられ、これを持ってフィールドで実際に虫採りをすることができる。但し、採った昆虫は持ち帰れない。その場に放すのがルール。

45haのフィールドをむやみに歩いても、好みの昆虫が見つかる保証はないので、各種観察会や里山歩きなどのプログラムに参加するのが無難かな。

桐生市うちわ
最後に、昆虫の森でもらったうちわ。桐生市の名所・名産・名物が載っている。八木節踊り、桐生が丘動物園・遊園地、ソースかつ丼など。その中で「ひもかわ」ってうどんみたいなのは知らない。

調べてみたら幅の広い平麺(うどん)で、ソースかつ丼と並ぶ桐生地域の郷土料理らしい。今度行ったら食べてこよう!


桐生市宮本町の桐生が岡遊園地。
前回の桐生が岡動物園の隣。

桐生が丘遊園地 (1)
桐生が丘遊園地 (2)
動物園同様に入園料は無料。もちろん中で遊具に乗るには個別に料金がかかる。でも、大型遊具が大人200円、子ども100円、小型乗り物50円とかなり安い。

いくつかアトラクションを紹介。

桐生が丘遊園地 (3)
桐生が丘遊園地 (4)
桐生が丘遊園地 (5)
桐生が丘遊園地 (6)
桐生が丘遊園地 (7)
上から、アドベンチャーシップ、スカイヘリ、観覧車、メリーゴーランド、サイクルモノレール。

園内のゲームコーナーのゲームは50円。安っ!

桐生が丘遊園地 (8)
入り口広場には、SL(C12)が展示されていた。

同じ広場に、観覧車のゴンドラがひとつ置いてあった。何っ?って思ったんだけど、写真は撮ってこなかった。帰ってきてから調べたら、「人のセックスを笑うな」という映画で、今や有名な松山ケンイチと蒼井優が乗ったゴンドラだって。

映画は2008年撮影で、観覧車は2010年にリニューアルされ、古いのは撤去されたけど、撮影に使われたゴンドラだけ記念に展示してあるらしい。

桐生が岡遊園地のHPで見られるよ。
 桐生が岡遊園地


桐生市宮本町の桐生が岡動物園。

桐生が丘動物園 (1)
桐生が岡動物園は、1953年(昭和28年)の開園で、今年開園60年。入場料はなんと無料。桐生市が運営しており、県内唯一の公立動物園。

オレの定義では、ライオン、キリン、ゾウがいることが動物園としての必須事項(けっこう緩い定義)。さて、どんなもんかな?

おっ!いましたいました。

桐生が丘動物園 (2)
桐生が丘動物園 (3)
ライオンは雄雌各1頭ずつ。この日はちょっと暑かったので、ライオンも日陰から動かず、写真撮りづらかったけど。ちなみに名前は雄がユウ、雌がアイ。

桐生が丘動物園 (4)
ゾウのイズミ。推定57歳という高齢。「どうぶつ総選挙」で、昨年、今年と2連覇!やっぱりゾウは人気者だよね。

桐生が丘動物園 (5)
キリンは3頭いた。雄のコタロウ、雌のキサラギとキリカ。写真がどれかは分からない。今年の「どうぶつ総選挙」2位!

桐生が丘動物園 (6)
桐生が丘動物園 (7)
桐生が丘動物園 (8)
桐生が丘動物園 (9)
桐生が丘動物園 (10)
桐生が丘動物園 (11)
桐生が丘動物園 (12)
桐生が丘動物園 (13)
ペンギン、ニホンザル、クモザル、シカ、クジャク、七面鳥、リスザル、マントヒヒ。

桐生が丘動物園 (14)
園内には、小さい水族館もあった。

桐生が丘動物園 (15)
桐生が丘動物園 (16)
目を見張るようなものはいなかったが、定番のワニとピラニア。

無料なんていうと、たいした動物もいない小さな動物園かと思ったが、園内は確かに広くはないけど、意外に立派な動物園だった。なんと111種類もの動物が飼育されているというから驚きだ。


前橋市粕川町膳の粕川歴史民俗資料館。

粕川歴史民俗資料館 (1)
粕川歴史民俗資料館は、赤城南麓地域を中心とした考古資料や民俗資料を展示している。建屋は旧粕川小学校の木造校舎の一部を利用して造られているらしいが、綺麗で立派に見える。

粕川歴史民俗資料館 (2)
大室古墳古墳群出土の難波などが展示されている。

行ったときは、企画展「前橋の群集墳」が開催中で、前橋の古墳から出土した様々な遺物が展示されていた。

粕川歴史民俗資料館 (3)
月田古墳群出土の須恵器類(蓋、坏、短顎壺)。

粕川歴史民俗資料館 (4)
11号墳(味気ないネーミングだ)出土の直刀2振。

粕川歴史民俗資料館 (5)
白藤古墳群V-2号古墳出土の剣、砥石、鉄鏃など。

粕川歴史民俗資料館 (6)
白藤古墳群A-1古墳出土の勾玉類。

粕川歴史民俗資料館 (7)
近戸古墳群4号墳出土の銅製の馬具(三鈴杏葉)。

このての資料館では定番の農工具・養蚕具も展示されている(写真はない)。

実は、粕川歴史民俗資料館に行ったのは4回目なんだよね。1回目、2回目はいずれも展示品入換え期間中で休館。3回目は火曜日に行ったら休館日だった(火曜が休館日だとは知らなかった)。で、今回4回目にしてやっと見学できたということ。

最初に行った時から、既に2年経過している。まあ、ちゃんと調べてから行けば、こんなことにはならなかったんだけど・・・。


桐生市永楽町の桐生織物記念館。

織物記念館 (1)
新田義貞が鎌倉攻めの際に掲げた軍旗「中黒古旗」が復元され、展示されていると聞いたので再訪した。以前行ったのは、上毛かるた紀行「桐生は日本の機どころ」の1箇所として。

織物記念館 (2)
織物記念館 (3)
軍旗は縦310cm、横78cm。中央付近に新田氏の紋「大中黒」を示す太い帯が入っている。

義貞の軍旗は、元弘3年(1333年)鎌倉攻めで掲げられ、現在は金山の新田神社に伝わっている。生地は仁田山で織られた絹布を使ったとされる。

織物記念館 (4)
織物記念館 (5)
織物記念館 (6)
義貞の功績をまとめた資料も展示されていた。

義貞は元弘3年(1333年)生品神社で挙兵。鎌倉に攻め込む際に、太刀を稲村ケ崎に投げ入れ龍神に祈ると、塩が引いた逸話は有名である。義貞は挙兵からわずか14日で鎌倉を攻め落としている。

織物記念館 (7)
その後足利尊氏との争いで越前に落ち延び、建武5年/延元3年(1338年)灯明寺畷で不慮の死を遂げる。

来年(2014年)が仁田山の絹を朝廷に献上してから1300年の節目に当たることから、桐生織物協同組合が「織都千三百年企画」として、県繊維工業試験所の協力を得て製作・復元した。

*軍旗の展示は8月11日まで。


藤岡市白石の藤岡歴史館。

7月13日~9月8日まで、ゼロ戦の設計主任として有名な堀越二郎に関する企画展「堀越二郎の軌跡」が開催されているので再訪した。
(以前の訪問は「藤岡市白石・稲荷山古墳」参照)

藤岡歴史館 (1)
藤岡歴史館は平成16年(2004年)開館で、白石古墳群の中央部にある。もともとは白石古墳群(七輿山古墳、白石稲荷山古墳など)からの出土物を中心に展示している。

今年が日本航空技術100年、藤岡市出身の堀越二郎の生誕110年で、またスタジオ・ジブリ映画「風立ちぬ」で堀越二郎がモデルとして描かれていることから、映画の公開に合わせて企画展の開催となったようだ。

今回の展示は、遺族・親族より寄贈された初公開となる資料を中心に約200点が展示されている。

堀越二郎
堀越二郎は藤岡市の出身で、東京帝大から三菱内燃機製造(現、三菱重工業)に入社。戦前には七試艦上戦闘機、九試単座戦闘機(後の九六式艦上戦闘機)、戦時中は零式艦上戦闘機(ゼロ戦)、雷電、烈風など、後世に語り伝えられる名機の設計を手掛けた。

藤岡歴史館 (2)
「幻の戦闘機」烈風改の設計図。烈風改はゼロ戦の後継機として開発が進められていたが、試作機が完成する前に終戦を迎え「幻の戦闘機」となった。

平成17年(2005年)、堀越二郎の親戚宅(蔵)から約500点もの資料が見つかり、その中に烈風改の設計図があることが判明した。

戦後GHQ(連合国軍総司令部)によって日本の航空機開発は禁じられ、機体や資料も没収された。堀越はいつか再び航空機を造れる日を夢見て、親族の蔵に隠したのではないかと考えられる。

藤岡歴史館 (3)
藤岡歴史館 (4)
藤岡歴史館 (5)
藤岡歴史館 (6)
藤岡歴史館 (7)
藤岡歴史館 (8)
藤岡歴史館 (9)
藤岡歴史館 (10)
その他、独、英、米国に留学した際のパンフレットや手紙、設計の参考にしたとみられる航空雑誌、設計図の一部や計算ノートなどが展示されている。

日頃は来館者などほとんどいない資料館だが、平日にも関わらず約20名もの来館者が来ていた。決して広くない展示室に人がわんさかいて、ちょっと驚き。

しかし常設展示の埴輪や土器などの遺物をついでに見ていく人は、あんまりいなかったなぁ。


みどり市東町沢入の陶器と良寛書の館。

陶器と良寛書の館 (1)
陶器と良寛書の館 (2)
地元出身の実業家である松嶋健壽氏(1914~95年)が、生家と収集した品々を市に寄贈したもの。

松嶋コレクションは良寛書の扇面1点と掛け軸(復刻版)4点をはじめ、有田焼・九谷焼など日本各地の陶磁器と中国・韓国・東南アジアの陶磁器約1000点に及ぶ。これらの中から約150点を展示、一般公開している。

と言うことなんだけど、着いたのが16時15分。えっ?? 閉まってる。

確か17時まで開いていて、入館は16時30分までだったはず。ちょっとショック!! 見学したかったというのもあるけど、みどり市東町ってうちからけっこう遠いんだよね。

家に帰ってきてから調べてみたら去年の10月から16時閉館と、開館時間が短縮されていた。常に最新情報を入手しておかないとダメだね。


みどり市東町草木の富弘美術館。

富弘美術館 (1)
富弘美術館 (2)
旧勢多郡東村出身の画家・詩人星野富弘の作品を展示した美術館である。1991年(平成3年)東村立の美術館として、老人福祉施設を改装して開館。建物の老朽化に伴い、2005年(平成17年)に新しい富弘美術館が開館。

富弘美術館 (3)
富弘美術館 (4)
星野富弘は1970年(昭和45年)中学校教員時代に頸髄を損傷、手足の自由を失う。病院に入院中、口に筆をくわえて文や絵を書き始める。

富弘美術館 (5)
富弘美術館 (6)
富弘美術館 (7)
透明感あふれる水彩で描かれた草花と素朴で美しい詩の世界から、見る者に「生きることのすばらしさ」「生きる勇気」を与えると評判になり、全国各地で「花の詩画展」開催され随筆が教科書に掲載された。

富弘美術館 (8)
美術館の後ろには草木湖が広がる。草木湖へつながる散策路も整備されている。

美術館をつくる計画があがった当初、星野は「どうせハコものを作っても、そのうちクモの巣が張ってしまうのでは・・・」とためらっていたという。しかし連日たくさんの来館者でにぎわい、開館96日目で入館者が10万人を超え、2010年(平成22年)には入館者600万人を数えている。

2006年(平成18年)には障害を克服し永年優れた詩画の創作活動を続け、多くの人々に生命の尊さを伝え、深い感動と生きる勇気を与えた功績から群馬県名誉県民の称号を贈られている。

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