藤岡市藤岡の諏訪神社。

藤岡諏訪神社は元は平安時代に祀られた椙山明神で、永享3年(1431年)に当地の豪族・有田定景が諏訪大社から上社・下社を勧請したとされる。その後、永禄9年(1566年)に芦田信守が諏訪大社から剣一口・鏡一面を請受け、本郷別所に上の社、当所に下の社を奉祀したという。
ただし、芦田氏(依田氏)が藤岡を領したのは信守の孫・康勝からになるので、康勝が諏訪大社の上社・下社を勧請したと考える方が分かりやすいのだが。
明治元年(1868年)に高山神社と改称したが、明治34年(1901年)に諏訪神社に復称している。石鳥居はこの年(明治34年)の建立。

鳥居前の灯籠。天保2年(1832年)三井越後屋の奉納。江戸時代末、養蚕が盛んであった藤岡は絹市で繁盛した。三井越後屋は上州絹の買い入れ先として藤岡に支店を設けたことで、藤岡と三井越後屋に繋がりができていた。

灯籠には「丸に井桁三」の三井越後屋の家紋入り(ちょっと見づらいが)。


手水舎。安政4年(1858年)13代・三井八郎右衛門の奉納。13代・八郎右衛門は三井家当主としては8代目で本名は高福(たかよし)。三井銀行・三井物産を創立して三井財閥の基礎を築いている。

社殿への石段横の「カエル像」。カエルは語呂合わせで「無事帰る・お金が還る・若返る」などの言葉になることから、縁起物とされている。

社殿は諏訪古墳(前方後円墳)の墳丘上に建つ。諏訪古墳については別記事にて紹介予定。


石段の途中、社殿前に2対の狛犬が鎮座する。石段途中の狛犬は昭和30何年(よく読めなかった)、社殿前の狛犬は平成14年(2002年)の奉納。



社殿は古くは天正18年(1590年)に芦田康勝が造営し藤岡城の守護としている。延宝6年(1678年)には星野金左衛門の発起により寄進が募られ再建されている。現在の社殿は嘉永3年(1850年)の建立。

雨水を集める釜。藤岡市の地酒の銘柄(三波石や巌)が書かれているので、酒造組合の奉納(と言うか提供)かな。よく選挙に立候補した候補者の事務所に置かれていた「當選(当選)」を作っているのは藤岡市の酒造メーカー。最近、余り見ないかな。

社殿前の狛虎。大正9年(1920年)、後に首相・陸軍大臣などを歴任する田中義一・ふみ子夫妻の奉納。夫妻と書いたが、厳密にはふみ子夫人は正妻ではない(婚外)。ふみ子夫人は藤岡町(当時)の出身なので、諏訪神社に奉納したのだろう。ちなみに、田中義一首相の在任期間は昭和2年(1927年)~同4年(1929年)。

田中義一・ふみ子夫妻が狛虎を奉納して100周年を記念し、令和2年(2020年)に造立された「撫で虎」。鳥居の向かって右側(南側)に置かれている。

神楽殿。嘉永3年(1850年)の建立。現在も歳旦祭や春季例祭に神楽が奉納がされる。

大イチョウ。ご神木なのか不明だが、それにふさわしい大樹だ。
藤岡諏訪神社には、三井越後屋が奉納した宮神輿や高山社の創設者・高山長五郎の頌徳碑などがある、また、諏訪・諏訪神社北古墳もあるので引き続き紹介していく。
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