藤岡市上戸塚の戸塚神社と戸塚神社古墳。


戸塚神社は元は熊野神社で、その由緒は不詳。明治10年(1877年)に村内の神明宮・八幡宮・稲荷神社・諏訪神社・御霊神社などを合祀し戸塚神社と改称している。元熊野神社のため、通称「おくまん様」と呼ばれている。
一の鳥居は昭和60年(1985年)の建立。鳥居前の灯籠は明治2年(1869年)の奉納。


二の鳥居は平成3年(1991年)の建立。



社殿は昭和11年(1936年)の建立。拝殿は昭和58年(1983年)に改修されている。昭和58年は群馬県で国体(あかぎ国体)が開催された年で、それを記念しての改修らしい。社殿前の灯籠は平成12年(2000年)の奉納。

神楽殿。拝殿と同じく昭和58年に改修されている。春の例祭時に太々神楽が奉納される。

二の鳥居手前に松尾芭蕉の句碑がある。「春もやや けしきととのう 月と梅」。明治27年(1894年)の建碑。


鳥居左脇に庚申塔や双体道祖神などが集約されている。


戸塚神社の社殿は戸塚神社古墳と呼ばれる前方後円墳の前方部に建てられている。戸塚神社古墳は全長53m、前方部幅41m、後円部径30m、前方部の高さ4m、後円部の高さ2.5m。6世紀後半の築造と推定される。
中央部の南面に石室が開口しているが、崩れており危険なため金網で覆われている。石室も崩れているのか土嚢が置かれている。石室からは圭頭大刀・刀子・鉄鏃・鈴・銀環の他、須恵器の短頸壺・提瓶・横瓶、土師器の高坏が出土している。

墳丘上に加工された石が置かれている。石室内部の石材の一部だろうか。
地元の人は古くからこの穴(石室開口部)を「呼ばあり穴」と言い、逃亡者や行方不明などがあった時に穴に向かってその人の名を呼ぶと、必ず帰ってくるかまたは生死が判明すると信じていたという。
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