太田市新田金井町の医王山長明寺。

昭和28年(1953年)に医王山長福寺と無量山明源寺が合併し、各一文字づつ取り長明寺となっている。現在地は旧長福寺である。
長福寺は永禄3年(1560年)重円の開山、寛延3年(1750年)覚了の中興開山とされる。明源寺の由緒は不詳だが、寺号の「明源」から大慶寺開山の明源坊空覚との関連が推測される。空覚の入寂は応永19年(1412年)であることから、それ以前の創建と考えられる。(大慶寺は「太田市新田大根町・妙満山大慶寺」参照)


境内入口の六地蔵と庚申・月待ち講関係(二十二夜塔・二十三夜塔、如意輪観音像、青面金剛塔など)。二十二夜塔は文政6年(1823年)の造立。また、二十三夜塔の揮毫は新田俊純とあった。俊純は江戸末から明治にかけての岩松家当主。明治16年(1883年)に政府から新田家嫡流と認められている。

宝篋印塔は天明元年(1781年)の造立。


本堂は平成4年(1992年)の建立。

本堂前の弘法大師像。


薬師護摩堂。詳細は分からない。

旧明源寺は長明寺(旧長福寺)から約300m南に位置する。現在は住宅に囲まれた墓地になっている。旧明源寺は明治16年(1883年)に火災により焼失しているので、それ以降再建されなかったのかな。


墓地の一角に阿弥陀堂がある。

阿弥陀堂だが中に安置されているのは如意輪観音。観音像はまだ新しいようだ。
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