太田市細野町の冠稲荷神社の2回目。
(1回目は「太田市細谷町・冠稲荷神社」参照)


聖天宮。永禄年間(1558~70年)の創建とされる。縁結び、夫婦和合、災難・ストーカー除けの社。冠稲荷神社境内に残る古墳上に鎮座している。お社は安政4年(1857年)の建立。造営は天下の名工と呼ばれる弥勒寺音次郎・音八親子による。

主祭神は神日本磐余彦(神武天皇)、伊邪那岐命・伊邪那美命。


実咲社(みさきしゃ)。縁結びきつね、子宝きつね、安産きつね、健康・所願成就きつねなどの神狐が護る。絵馬に願いを書き、その祈願を伝えてくれるきつねの社に奉納する。


七福神殿。吉祥木である椿を背に七福神が一堂に会する希少な構図になっている。明和2年(1765年)新井清尚作。七福神が一堂に会していることから、一度のお参りで七福神巡りが完結できる。ただ「二礼・一四拍手・一礼」が必要(神社拝礼形式)。


八坂社(右)と諏訪社(左)。明治10年(1977年)の合祀。八坂神社の神輿(中)は明治初期の制作で、総ケヤキ造りで重量750kg。県内有数の神輿で千貫神輿と呼ばれる。1貫は3.75kgなので、単純計算だと1000貫は3,750kgになるが、それほど重いの比喩。

厳島社。ご祭神は宇賀弁財天。宇賀弁財天は市杵島毘売神と宇賀神が融合した女神。宇賀神は人頭蛇身でとぐろを巻く形で表される場合が多いが、宇賀弁財天では弁才天の頭頂部に宇賀神が小さく乗る像容が多い。

神像も弁才天の頭頂部に宇賀神が小さく乗る像容をしている(写りがは悪いが)。神像は元禄5年(1692年)の造立。

お堂の前で神水を受ける石盥。これは慶安4年(1174年)に源義経とともに当社を訪れた金売吉次が奉納した「金御盥(かねみたらい)」とされる。この石盥は境内土中から発掘されている。金御盥と言うくらいだから、元は金箔でも貼ってあったのかな。
金売吉次は奥州の豪商で源義経を奥州に案内したとされるが、実在性は不明。藤原秀衡の命を受け、京などでスパイ活動をしていたともいわれる。

菅原社。明治期に合祀されたが、平成18年(2006年)に本社から分祀、再建。


いなり白狐社。由緒などは不明だが、狐象がものすごい量奉納されている。


猿田毘古社。交通の神である猿田毘古神を祀り、自動車類の交通安全祈願を行っている。


二手に分かれて、再び結びついた「縁結びの桜」。

木瓜の木。手前の木と合わさってしまい、見づらいけど。永禄年間(1558~70年)永く子宝に恵まれなかった女性が、当社で修験者から木瓜の実を授かり服した途端、子宝に恵まれその家も冨に栄えるようになった。
夫婦はそのお礼に木瓜の木を植えた。これが現在の「冠稲荷の木瓜」として多くの人に、縁結びの子宝祈願・子育てにと厚く信仰されている。
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