渋川市北橘町真壁の神現山泉城寺跡。

泉城寺跡 (1)
泉城寺の由緒は不詳。上杉謙信の家臣で厩橋城主であった北条高広が元亀2年(1571年)に出した書状に「泉浄寺」の名が見え、これは泉城寺とされる。そのため戦国期以前の創建と考えられる。真壁赤城神社の別当寺であったが、明治初年の神仏分離(廃仏毀釈)により廃寺となっている。

泉城寺跡 (2)
泉城寺跡 (3)
歴代法印供養塔と歴代住職の墓と思われる無縫塔。

泉城寺跡 (4)
泉城寺跡 (5)
供養のための石仏。塔婆もあることから、どこかのお寺で法要(供養)を行っているようだ。

泉城寺跡 (6)
五輪塔など、石塔の一部。寺院跡であることを思い偲ばせる。

泉城寺跡 (7)
「真壁小学校跡」の標柱。当地に明治7年(1874年)に真壁学校が置かれている。明治6年(1873年)の真壁村の記録に泉城寺は記載されていないので、廃寺になった後に学校が置かれたようだ。

泉城寺跡 (8)
榛名山をバックに佐久発電所の「サージタンク」がよく見える。とにかく見晴らしが良い。

旧北橘村は廃仏毀釈運動が強力に押し進められたらしく、現存するお寺は4寺しかない。真壁地区は5寺の記録が確認できるが、現在は桂昌寺の1寺のみ。明治の一時期には全村が神葬祭になったと言われるほどだったようだ(もちろん、良い悪いの類いの話ではないが)。