高崎市金古町の鈷守(こもり)稲荷神社。
常仙寺の参道にある。(常仙寺は「高崎市金古町・金陽山常仙寺」参照)

鈷守稲荷神社 (1)
鈷守稲荷神社 (2)
鈷守稲荷神社の由緒は不詳。鈷守は「金古を守る」の当て字だと思う。

鈷守稲荷神社 (3)
鈷守稲荷神社 (4)
社殿(と言うかお社というか)は昭和6年(1931年)の金古宿絹市場の火災により焼失。その後再建されている。また、近年改修が行われている。扁額の「鈷守」の鈷が、金古が縦になっている。これからも「鈷守」が当て字と分かるというもの。

鈷守稲荷神社 (5)
鈷守稲荷神社 (6)
神社の脇に道祖神と「柳沢翁之碑」がある。柳沢翁とは金古宿絹市場の開設者。

明治に入り質の良い絹の生産地だった群馬県から東京や横浜へ輸送することや、生産者の製糸組合化などもあり、金古宿に絹市場が開設された。その市場があったのが鈷守稲荷神社周辺になる。

「鈷守」は火災後の再建時に、このようなことが二度とないように「金古を守る」との意味合いで付けられたのだと思う。