前橋市上小出町3丁目の越出山香集寺。

香集寺 (1)
香集寺は延元年間(1336~40年)に鎌倉・建長寺の本覚禅師の隠居寺として創建された。延元は南朝の元号で、北朝は1338年まで建武、1338~42年が暦応。

香集寺 (2)
香集寺 (3)
古い記録だが、天文8年(1539年)に利根川の洪水により寺域が大きな被害を受け、時の住職は水死している。西堂和尚が再興したとされる。現在の本堂の建立年などは不明。

香集寺 (4)
本堂入口に大小2体のアマビエ像があった。

アマビエは江戸時代に肥後の国(熊本)に出現した妖怪。外見は人魚のようで、鳥に似たくちばしがある。「病がはやったら私の写し絵を人々に見せよ」と言い残し海へ消えたとの言い伝えがあることから、疫病の流行を防ぐご利益があるといわれている。

香集寺 (5)
香集寺 (6)
六地蔵と聖観音。

香集寺 (7)
如来塔と名付けられた石仏・仏塔など。上小出町内にあった石塔・五輪塔・石仏を、昭和29年(1954年)から2年をかけて集めて供養したもの。個別によくは見てこなかったが、室町から戦国時代のものが多いようだ。

香集寺 (8)
香集寺 (9)
「地獄の責め具」を形どった石造物。室町末期の造立と考えられている。左から浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)・人頭杖(じんとうじょう)・業秤(ごうのはかり)。閻魔大王が死者の生前の罪を裁くためのもの。

浄玻璃鏡は生前の罪を映し出すため、いかなる隠し事もできない。ウソがばれると舌を抜かれる。人頭杖は善悪を見分ける2つの頭(顔)がついている杖。業秤は生前の悪行を計る。

香集寺 (10)
「小出小学校開校の地」との標柱があった。香集寺には明治6年(1873年)から同22年(1889年)まで小出小が置かれていた(明治22年に桃川小と合併)。

香集寺 (11)
ニワトリが境内に放たれていた(本堂の裏には小屋があり、たくさん居た)。詳しくはないが烏骨鶏かな。烏骨鶏は貴重種のイメージがあるが、放しておいて野良ネコなどに食べられないか心配だ。