前橋市荒牧町2丁目の荒牧神社。

荒牧神社 (1)
荒牧神社は元は神明宮でその由緒は不詳だが、伊勢氏が勧請したと伝わる。伊勢氏出身の伊勢三郎義盛が源義経に仕えることになったのは、当地(荒牧)であるとの伝承がある。

明治40年(1907年)に村内の諏訪神社、八幡宮などを合祀し荒牧神社と改称している。平成2年(1990年)に前橋市都市計画事業により100mほど遷座している。

荒牧神社 (2)
2本の大イチョウが鎮守の森の雰囲気を醸し出す。向かって左が樹高15m、右が16m。

荒牧神社 (3)
社殿は数段高いところにある。石段下と上に、それぞれ灯籠と狛犬が奉納されている。石段下の灯籠は明治10年(1877年)の銘があった。

荒牧神社 (4)
荒牧神社 (5)
荒牧神社 (6)
社殿は宝暦年間(1751~64年)の建立と伝わる。平成2年の遷座時に修築している。

荒牧神社 (7)
庚申塔が集積されており、百庚申風になっている。

荒牧神社 (8)
境内社・末社群。水神宮、三峯神社、天神宮、菅原神社、雷電神社、愛宕神社、八坂神社、水神社など。

由緒の中に源義経と伊勢三郎義盛の話を書いたが、義盛の生涯(特に出自から義経と出会うまで)は諸説あり不明な所が多い。安中市は義盛の出身地とされ、遺物や伝承が残っている。ちなみに「平家物語」では伊勢鈴鹿山の山賊、「平治物語」では上野国で義経が宿泊した宿の息子、「源平盛衰記」では伊勢出身だが上野国で義経と出会ったとされている。

伊勢義盛関連
 「伊勢義盛の墓? ・冨光山常楽寺
 「伊勢三郎義盛伝説・遠丸石