前橋市富士見町小暮の小暮神社。

小暮神社 (1)
小暮神社 (2)
小暮神社はもとは八幡宮で、その由緒は不詳。明治40年(1907年)に赤城山山頂の大洞赤城神社に合祀されたが、村民の要望により昭和23年(1948年)に分祀、旧社地(現在地)戻っている。その際に村内の神明宮、菅原神社、赤城神社、水分神社などを合祀し小暮神社と改称している。

鳥居は宝暦11年(1761年)に赤城山信仰の一部として小暮村内に建立されたもの(もとの八幡宮の鳥居ではない)。天明4年(1784年)に赤城山登山口に大洞赤城神社の一の鳥居として移されている。この時に角田無幻書の扁額を作成している。
(角田無幻は「角田無幻道人の遺髪塚」参照)

その後、昭和40年(1965年)道路拡張のため赤城山赤城神社の旧社地(大洞)に移築されている。しかし山頂の風雪などにより損傷が進み、平成6年(1994年)現在の小暮神社の鳥居として修復・再移築されている。

小暮神社 (3)
赤城山と刻まれた大きな石燈籠。赤城神社からの移築だろうが、どこにあったものかは分からない。赤城山登山口かな。

小暮神社 (4)
小暮神社 (6)
小暮神社 (7)
石段脇の灯籠は天明3年(1783年)と寛政8年(1796年)の奉納。社殿は質素な造りで、その建立年などは分からない。

小暮神社 (8)
境内隅には僧侶と思われる方々のお墓がある。僧名や宝暦7年(1756年)、明和6年(1769年)の入寂年などが読み取れた。

小暮神社 (9)
大きな念仏供養塔。寛保元年(1741年)の造立。先の僧侶の墓と考え併せ、当地には明治初期あたりまでは寺院もあったと推定される。

赤城の大鳥居 (1)
赤城の大鳥居 (2)
小暮十字路に建つ赤城大鳥居。昭和40年(1965年)に旧鳥居(現、小暮神社の鳥居)に代わりに建立されている。高さ21.3m、柱の直径1.7m。扁額は2mあり旧鳥居の角田無幻書を拡大したもの。現在は2代目。