佐波郡玉村町樋越の神明宮。

樋越神明宮 (1)
樋越神明宮は長寛年間(1163~65年)の創建と伝わる。寛保2年(1742年)の洪水により500mほど南に流されている(現在地)。利根川洪水と思われるが、当時は利根川が樋越神明宮の北側を流れていたようだ。

樋越神明宮 (2)
樋越神明宮 (3)
鳥居の右側(少し低い所)に、水はないのだが中の島(浮島)のように見える地形がある。そこに石宮がひとつある。境内社の厳島神社だろうか。

樋越神明宮 (4)
樋越神明宮 (5)
木々に囲まれた参道を行くと鳥居が見える。二の鳥居かと思いきや、実は四の鳥居(最初の写真は三の鳥居になる)。嘉永元年(1848年)に利根川が変流し、現在のように樋越神明宮の南側を流れるようになったため、鳥居や大門と社殿が分断されたという。

一の鳥居は武州賀美郡勅使川村(現埼玉県上里町の丹生神社)、二の鳥居は南玉村(現玉村町南玉)にあったという。

樋越神明宮 (6)
狛犬は平成5年(1993年)と平成12年(2000年)、灯籠は平成11年(1999年)の奉納。

樋越神明宮 (7)
樋越神明宮 (8)
拝殿は大正元年(1912年)、本殿は文久3年(1863年)の建立。平成2年(1990年)、19年(2007年)、23年(2011年)に改修・修理が行われている。

本殿の棟持柱が建物の外に独立している。これは全国的に非常に珍しい建築様式であるとされる。同様の建築様式の本殿は、高崎市岩鼻町の赤城神社で見られる。
(「高崎市岩鼻町・赤城神社」参照)

樋越神明宮 (9)
神楽殿。現在も神楽が奉納されているかなど、詳細は分からない。

樋越神明宮 (10)
樋越神明宮 (11)
境内社・末社。どれが何かは分からないが、雷電社、愛宕社、田植神社、一元神社、富士神社、熊野神社、草奈伎神社、鏡神社など。

樋越神明宮 (12)
境内の築山のようになっているところには彰忠碑がある。揮毫は小倉英季子爵。小倉子爵と当地の関係はないと思うが、子爵が高崎連隊区司令官を務めているからかな。大正9年(1920年)の建碑。

樋越神明宮 (13)
樋越神明宮には春鍬祭が伝わっている。国の需要無形民俗文化財に指定されており、寛政10年(1798年)には既に行われていた。

この祭はその年の豊作を予祝して行う田遊びの神事。祭には榊や樫の枝に餅をつけた鍬(に見立てた)を使い、最後にその鍬を投げ観衆が取り合う。取った鍬を家に飾っておくと養蚕があたり、一緒にまかれた稲穂のついた初穂を拾った人の家は、豊作間違いなしといわれている。それ以外にも、まかれたミカンやゴシモチを拾っても縁起が良いとされる。