高崎市倉賀野町の下町の庚申さま。

倉賀野下町の庚申塔 (1)
下町の庚申さまは倉賀野城の鬼門(北東)除けに建てられたという。倉賀野城の築城は室町時代初期とされるので、下町の庚申さまも同時期の造立と考えられる。

昭和57年(1982年)に庚申塚、上屋などの改修が行われている。

倉賀野下町の庚申塔 (2)
倉賀野下町の庚申塔 (3)
中央に庚申塔(青面金剛像)。現在の庚申塔は宝暦年間(1751~64年)の造立とされる。右側に二十二夜塔(如意輪観音)、左側に双体道祖神が並んでいる。二十二夜塔と双体道祖神が併せて置かれたのは昭和に入ってからとされるが、詳細は分からない。

倉賀野下町の庚申塔 (4)
ただ、右側の二十二夜塔は馬頭観音像に見えるのだが・・・。

城の鬼門除けに庚申塔を祀るのは、ほとんど聞いたことがない。しかも北向きに建てられている。この理由は分からない。

庚申信仰が盛んであった江戸時代中・後期には下町の庚申さまも大いに賑わい、新町・本庄方面や遠くは深谷・熊谷辺りの人々までがお詣りに来たという。