前橋市古市町1丁目の古市町公民館敷地内にある和尚塚の多宝塔。

和尚塚の多宝塔、他 (1)
和尚塚の多宝塔、他 (2)
和尚塚は和尚六部を葬った塚(墓)で、多宝塔はその墓碑とされる。和尚六部についてはまったく分からない。多宝塔は14世紀末のものとされ、塔の層は一部石材が異なっている。

塚は大正6年(1917年)の上越線敷設時に削平され、その土は線路や新前橋駅前の道路に使用された。多宝塔は古市町公民館敷地内に移設されている。

和尚塚の多宝塔、他 (3)
和尚塚の多宝塔、他 (4)
和尚塚の多宝塔、他 (5)
多宝塔を囲むように石仏群が置かれている。年代が多宝塔(14世紀末)と違うようなので(もっと新しい)、近郷からの集積のようだ。

和尚塚の多宝塔、他 (6)
公民館敷地内には、他にも石造物が多数置かれている。カラフルな供養塔は明治期のもの。着色は随時行っているのかな。宝塔(写真右端)は寛延3年(1750年)の造立。

和尚塚の多宝塔、他 (7)
和尚塚の多宝塔、他 (8)
薬師堂内には多数の薬師如来石像。3体は大きめ。

和尚塚の多宝塔、他 (9)
公民館の隣の公園に「古市音頭」の碑があった。明るく元気になりそうな歌詞だ。

ちなみに、和尚塚の土が再利用されている新前橋駅は大正10年(1921年)の開業で、今年は100周年にあたる。萩原朔太郎は「荒寥たる田舎の小駅なり」表現していたが、現在は1日の平均乗者数が高崎駅、前橋駅に次ぐ群馬県3位の駅になっている。