高崎市倉賀野町の大杉神社跡。

大杉神社跡 (1)
大杉神社跡 (2)
大杉神社は元和元年(1615年)に雷電神社として創建。文化4年(1807年)倉賀野河岸の問屋衆の寄進により常陸国阿波(あんば)の大杉神社から大杉大明神を勧請、大杉神社と改称している。常陸国・大杉神社は、舟運交通の守護神として舟運業に携わる多くの人々に信仰されていた。

大杉神社は明治40年(1907年)に井戸八幡宮に合祀され、現在はその跡地を示す碑が建っているのみである。碑が建っているのは個人宅の敷地内のようで、道から写真だけ撮らせていただいた。

なお、大杉神社の社殿は群馬郡桃井村新井(現在の榛東村新井)の八幡宮へ売却されている。社殿は彫刻も施された立派なもので、解体し運んだ後いざ組み立てようとしたら、余りに複雑なため費用がかさんでしまった。そこで一部の彫刻を取り付けないで売却したところ、購入・組み立て代金以上の金額で売れたので、旧新井村(当時は桃井村)の人々は大いに喜んだとされる。

大杉神社跡 (3)
当地は当時の倉賀野河岸を見下ろす場所になる。現在の烏川は水深も浅く川幅も狭いので、とても舟の航行など想像もできないが、倉賀野河岸は永禄4年(1561年)に倉賀野宿の住人10名が船による運搬営業を始めたとされる。最盛期(江戸中期)には76の業者があった。

明治17年(1884年)高崎ー上野間の鉄道開通に伴い、倉賀野河岸はその役割を終えることになる。

関連
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