高崎市下佐野町の大用山光雲寺。

光雲寺 (1)
光雲寺は天正元年(1573年)倉賀野城主・金井淡路守秀景が、開山に木雲宋流を招き創建した。木雲宋流は武州(埼玉県)児玉郡で住職をしていたが、隠居して下佐野に移り一庵を建てていた。

倉賀野秀景は木雲宋流を開山として倉賀野町・永泉寺も創建している。永泉寺も大用山と同じ山号である。(「倉賀野城主・金井秀景の墓 -永泉寺-」参照)

光雲寺 (2)
六地蔵。平成4年(1992年)の造立。

光雲寺 (3)
六地蔵横には馬頭観音が並ぶ。地元の方が愛馬(農耕馬)の供養に建立したようだ。大正や昭和の銘が見えた。

光雲寺 (4)
本堂の建立年などは不明だが、平成5年(1993年)に改修されている。

光雲寺 (6)
改修前の瓦かな。「光」の文字が見える。

光雲寺 (7)
光雲寺 (8)
境内のお堂。薬師堂とあったが、薬師仏はいらっしゃらない。本堂に遷された?

光雲寺 (9)
石造十三重塔。開運塔とあった。平成9年(1997年)の建立。

光雲寺 (10)
光雲寺14世・天麟即明の功徳碑。寛政元年(1789年)の建立。宝暦5年(1755年)から天明6年(1786年)まで在職している。天麟即明は書道の達人で、各地の神社仏閣などに筆跡を残した。烏川即明と号している。

養報寺
宇芸神社
高崎市倉賀野町・倉賀野山養報寺の本堂扁額や富岡市神成・宇芸神社の鳥居扁額は即明の書(文字)である。それ以外にも高崎市倉賀野町の安楽寺や九品寺にも書(石塔・石碑文字など含む)が残されている。