前橋市総社町総社の御霊神社。

総社御霊神社 (1)
総社御霊神社は元は日枝神社で、その由緒は不詳だが光巌寺の鬼門除けとして祀られていた。秋元長朝が光巌寺を創建したのが慶長12年(1607年)なので、日枝神社の創建も同時期と考えられる。

昭和27年(1952年)に英霊210余柱を合祀し御霊神社となった。

総社御霊神社 (2)
社殿は紅葉(もみじ)山と呼ばれる小古墳上に鎮座する。楓の大木が繁っていたことからの名称のようだ。

総社御霊神社 (3)
日枝神社時代の社殿は、明治元年(1868年)に熊谷稲荷神社に移されている。現在の社殿は終戦時まで蛇穴山古墳上にあった奉安殿を移築したものである。

ちなみに奉安殿とは、戦前・戦中に天皇皇后両陛下の御真影と教育勅語を納めていた建物のこと。

総社御霊神社 (4)
元は奉安殿なので、門扉には菊の御紋があしらわれている。

総社御霊神社 (5)
石段下には外征紀念碑がある。明治39年(1906年)の建碑なので、日露戦争の戦勝記念のようだ。揮毫は大山巌元帥陸軍大将。西郷隆盛の従兄弟にあたる。

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