前橋市石倉町5丁目の石倉城二の丸公園。ここに石倉城址の碑が建立されている。

石倉城址 (1)
石倉城址 (2)
「石倉城二の丸公園」という名称は、石倉城の名を後世に残す良い名称だと思う。以前は「上石倉2号公園」と言った。

石倉城の本丸跡は利根川の浸食により崩落し跡形もなし。二の丸跡付近が当公園となっている。公園周りは宅地になっており、遺構らしきものは見当たらない。

石倉城址 (3)
石倉城址 (4)
石倉城址 (5)
石倉城址の碑は平成元年(1989年)の建立・整備。

石倉城は文明17年(1485年)に総社長尾氏・長尾憲景が築城したとされる。その後、享禄・天文・弘治年間(1528~58年)に数回の大洪水によって本丸などが流出。永禄年間(1558~70年)に武田勢が再築したとされる。なお、洪水時に利根川東岸に残った三の丸を元に築かれたのが厩橋城(前橋城)といわれる。

天正18年(1590年)の豊臣秀吉の北条攻めにより落城、石倉城は廃城となっている。