前橋市石倉町4丁目の昌林山林倉寺。

林倉寺 (1)
林倉寺は慶長2年(1597年)行海法印の開山。

林倉寺 (2)
山門は平成6年(1994年)の再建。

林倉寺 (3)
山門を入ってすぐ六地蔵が鎮座している。

林倉寺 (4)
林倉寺 (5)
本堂は明治28年(1895年)に火災により焼失。同年、再建されている。火災の原因は猟師の放った弾丸だという。それが発火、強風により延焼。

由緒書きに、本堂には本尊の阿弥陀如来と脇侍の文殊菩薩と普賢菩薩を祀るとあった。通常の阿弥陀三尊の形式は脇侍が観音菩薩と勢至菩薩なので、珍しい組合わせだ。釈迦如来三尊の場合、文殊菩薩と普賢菩薩が多いけど。

林倉寺 (6)
本堂前の伝教大師(最澄)像。平成13年(2001年)の造立。

林倉寺 (7)
十王堂は昭和63年(1988年)の再建。同時に安置されている十王像も修復を行っているようだ。

林倉寺 (8)
林倉寺 (9)
片腕地蔵。江戸時代中頃、強盗に襲われた主人の身代わりになって右腕を犠牲にしたとされ、災難を一身に引き受ける地蔵として身代わり地蔵とも呼ばれる。江戸時代末から明治期には、近郷近在の人々の信仰を集めたという。

林倉寺 (10)
庚申信仰関係の石仏・仏塔類。一番右の地蔵菩薩像には文化2年(1805年)、隣の女人講塔(如意輪観音)には文政10年(1827年)の銘が読み取れた。

林倉寺 (11)
明治天皇御野立所跡の碑。明治11年(1878年)に明治天皇が前橋町(当時)へ行幸された際、利根川には舟橋しかなかったため万一に備え林倉寺で衣服を着替えるために休息された。舟橋は川に舟を並べ、その上に板などを敷いた仮設の橋のこと。

明治天皇が利根川を渡る際には、旧前橋藩の水練師範が門人10人と共に水中から警護したという。万々が一にも、何かあったら大変だからね。