高崎市下室田町の宮谷戸諏訪神社。宮谷戸(みやがいと)は字名。

宮谷戸諏訪神社 (1)
宮谷戸諏訪神社 (2)
宮谷戸諏訪神社は武田信玄の箕輪城攻略後、箕輪城城代となった内藤昌豊が当地の八幡宮境内に下諏訪明神の分霊を勧請し、村の惣鎮守としたといわれる。箕輪城落城は永禄9年(1566年)で、内藤昌豊が城代になったのは元亀元年(1570年)なので、その頃の創建と思われる。

宮谷戸諏訪神社 (3)
宮谷戸諏訪神社 (4)
宮谷戸諏訪神社 (5)
社殿の建立年などは不明。

宮谷戸諏訪神社 (6)
明治期に合祀された他社(神明宮、稲荷社、八坂社など)の旧社が保存されている。上屋は昭和56年(1981年)に新築されている。

安永6年(1777年)の古文書が残されており、それには初代神主は大沢内記藤原貞友と言い、弘治4年(1558年)に没したと記されている。そうすると、創建はもう少し早くなる。

ただ、弘治4年には長野業正がまだ健在なので(業正没は永禄4年:1561年)、武田氏が諏訪神社を勧請するのは不自然である。やはり宮谷戸諏訪神社の創建は、当地が武田氏の影響下になった後と考える方が自然かな。