佐波郡玉村町下之宮の火雷神社。上野国八之宮である。

火雷神社 (1)
火雷神社 (2)
火雷神社は景行天皇の御代(西暦71年~130年)、豊城入彦命の曽孫・御諸別王により葛木坐火雷神社(奈良県葛城市)から分祀されたと伝わる。その名の通り、上州名物である雷の神様である火雷神を祀っている。真偽は置くが、約2,000年の歴史を誇る。

鳥居は昭和25年(1950年)の建立だが、適宜塗装の修復が行われているようだ。

火雷神社 (3)
参道を行くとご神橋がある。ご神橋跡と言った方がいいか。

火雷神社 (4)
古くは延久4年(1072年)に社殿が建立された記録が残る。その後、那波氏の崇敬厚く境内を拡張するなどしている。最盛期には社地は4町余り(約440m以上)に及び、社殿も広大を極め、さらに大鳥居が四方に建てられていたという。

火雷神社 (5)
火雷神社 (6)
現在の拝殿は明治7年(1874年)の建立。

火雷神社 (7)
拝殿には龍と獅子の彫刻が施されている。カラフルな色合いからして、近年修復されているようだ。

火雷神社 (8)
本殿は18世紀中ころの建立とされ、明治10年(1877年)に修復されている。三間社流れ造り、建物全体が極彩色で彩られ、細部には精巧な彫刻が施されている。

火雷神社 (9)
火雷神社 (10)
火雷神社 (11)
側面には3面を使って七福神が描かれている。

火雷神社 (12)
神楽殿。明治に入ってからの建立。江戸時代にはここに観音堂があり、十一面観音が祀られていた。明治期の神仏分離により、観音像は別当寺の東林寺に遷されている。現在は町の歴史資料館に保管・展示されている。

玉村町歴史資料館の記事に十一面観音像の写真が載っている(偶然だが)。記事中、一番下の写真。(「日光例幣使街道と玉村宿 -玉村町歴史資料館-」参照)

火雷神社 (13)
火雷神社 (14)
境内社の蚕霊神社。弘化2年(1845年)に常陸国からの勧請。明治41年(1908年)に火雷神社に合祀されている。

火雷神社 (15)
社殿裏に並ぶ境内社・末社群。貫前神社、榛名神社、小祝神社、諏訪神社など。

火雷神社は伊勢崎市上之宮の倭文(しとり)神社と相対し、その上之宮に対し下之宮といわれ、地名の元にもなっている。