高崎市箕郷町西明屋の照明山光徳寺。

光徳寺 (1)
光徳寺 (2)
光徳寺 (3)
光徳寺は応永2年(1395年)然哲和尚の開山。明治2年(1869年)に火災により古墳書などを焼失し由緒詳細は不明(群馬郡誌)。

箕郷町誌には誓願上人が保渡田・西願寺から箕輪に移り大信寺を創建。井伊時代に大信寺は高崎に移り、その跡地に光徳寺が建立されたとある。だいぶ年代が違うが、応永2年に創建されていた光徳寺が移転したのか、大信寺移転後に新規に創建されたのかは分からない。

光徳寺 (4)
光徳寺 (5)
光徳寺 (6)
境内の秋葉宮。遠州(静岡県)の秋葉山本宮神社から勧請(勧請年などは不明)。火の神である火産霊神(ほむすびのかみ)を祀る。覆屋・内宮などは昭和63年(1988年)に改修されている。

当地では火災が多く、防火の願いを込め光り徳寺境内に祀られたと考えられている。

ちなみに、火産霊神は伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)の間の子だが、火の神であるため出産時に伊邪那美の陰部が火傷し、これが元で伊邪那美は死んでしまう。その後、怒った伊邪那岐は火産霊神を殺してしまうというバイオレンスな神話になっている。