高崎市箕郷町柏木沢の赤城若御子神社。

赤城若御子神社は大化元年(645年)の創建と伝わる古社である。元は字鼓ヶ塚にあり柏木沢の総鎮守として奉祀されていたが、後に当地に遷座し覚満大神と称している。覚満とは当地の旧名のことで、覚満山本田赤城の森と言ったらしい。明治6年(1873年)に現在の赤城若御子神社になっている。

鳥居の扁額は「覚満大明神」。




社殿の建立年などは不明だが、扁額が「赤城若御子神社」になっているので、明治期以降と思われる。


境内社の天満宮と胎内神社、浅間神社。浅間神社の隣の大岩はご神石かな。

社殿裏にも境内社・末社群が並ぶ。
赤城若御子神社には社宝として源義経、弁慶の借用証が残されている。文治元年(1185年)、義経・弁慶が奥州を目指していた時に当社に参拝し、粟7斗と馬を借用したとある。
真偽は不明だが、箕郷町柏木沢から榛東村広馬場にかけては「義経街道」と呼ばれる道があり、いくつかの逸話(伝説)も残っている。榛東村広馬場の黒髪山神社には弁慶の遺書といわれる歌が残されている。(「弁慶の遺書 -黒髪山神社 その2-」参照)
コメント