伊勢崎市境島村の旧境島小学校。

旧境島小 (1)
伊勢崎市立境島小は明治6年(1873年)に島村小として開校。市町村合併に伴い境町立島小、伊勢崎市立境島小と名称は変わったが、現伊勢崎市内では3番目に古い歴史ある小学校である。現在の校舎は平成5年(1993年)の落成。しかし児童数の減少により平成28年(2016年)3月31日を以て143年の歴史に幕を閉じだ。

旧境島小 (2)
旧境島小の校章は、桑の葉・蛾・繭の3つを組み合わせたもの。養蚕が盛んだった島村らしい。

旧境島小 (3)
現在は「田島弥平旧宅案内所」として活用されている(1階西側)。案内所は隣接する「福祉交流館しまむら」にあったが、手狭なため移転。

田島弥平旧宅の解説パネル、所蔵資料の展示や映像情報などが見られる。田島弥平旧宅を訪れる前の事前学習的な面を含んでいる。オレは先に旧宅を訪れ、さらにその周辺を散策し、最後に旧境島小に行ったので中には入らなかった。

旧境島小 (4)
校庭の隅に「二宮金次郎」の銅像があった。昔の小学校にはよくあったのだが、オレの通っていた小学校にはなかったので、近くで見るのは初めてと言っていいくらい。

旧境島小 (5)
校舎の前に「島を守った赤レンガ」というのがあった。「前島」地区は利根川の乱流により中州に位置する状態となってしまい、度重なる洪水に悩まされていた。そのため、住民総出でレンガ塀の土手を築き堤防とした。ところが、明治42年(1909年)の大雨による洪水でレンガ塀は決壊し、大正3年(1914年)から前島地区は新地への移転を余儀なくされた。小学校も大正4年(1915年)に移転している。

写真のレンガは、昭和57年(1982年)の洪水で岸に打ち上げられた当時のレンガ塀の一部。記念のため境島小へ運ばれ残されている。

以前紹介した宝性寺も旧前島地区にあったもので、同様に移転している。
(「伊勢崎市境島村・宝性寺」参照)