北群馬郡榛東村長岡の大宮神社。

大宮神社 (1)
大宮神社 (2)
大宮神社は武列天皇がこの郷に行幸された際、随行していた大伴氏の一族・大伴森多が武烈天皇を祀り創建したといわれる。大伴森多は当地に土着し、森田氏の祖となったという。榛東村や吉岡町には森田姓が多いが、その代表格が吉岡町上野田の森田宗家である。
(「伊香保(水沢)街道野田宿・森田宗家 」参照)

また、御諸別王の子・賀袁真雅命が有馬一族の先祖を祀ったともいわれている。ちなみに、御諸別王は豊城入彦命の孫・彦狭島王の子で、上毛野氏の祖といわれる。景行天皇の御代の人物。

いずれにしても、大宮神社はの由緒は凄いと言うこと(真偽は別として)。

大宮神社 (3)
大宮神社 (4)
現在の社殿は大正10年(1921年)の再建。

大宮神社 (5)
境内のご神石。由来などは分からず。

大宮神社 (6)
大宮神社には獅子舞が伝わっており、寛永年間(1624~45年)の創設ともいわれる。獅子頭は左甚五郎の作との伝承がある。

獅子舞は五穀豊穣、天下太平などを祈願して行われたが、雨乞い祈願の霊験も強い。大正15年(1926年)の大干ばつの際には、船尾滝瀑布下での獅子舞奉納により大雷雨をもたらし、榛名山一帯を救ったといわれる。写真はその旨記載された「雨乞い祈願の霊験碑」。

大宮神社 (7)
雨乞い成功の喜びは歌にも詠まれ、歌碑として残っている。
「うぢ子らの 心づくしの 獅子舞を 神もうけてや 雨降らしむ」

獅子舞は春秋の例大祭に奉納される。