佐波郡玉村町福島の玉龍山満福寺。

満福寺 (1)
満福寺は勝道上人の開創と伝わる。勝道上人は日光山(日光寺社群の総称的意味)の開祖として知られる。勝道上人は奈良時代から平安時代初期の人なので、満福寺の創建も遅くても平安初期となる。

満福寺 (2)
満福寺 (3)
本堂は利根川の洪水や火災などにより度々被災したが、安永5年(1776年)に再建されている。現在の本堂は近年の新築建立のようだ。

満福寺 (4)
六地蔵。平成6年(1994年)の造立。

満福寺 (5)
聖観音像。平成8年(1996年)の造立。

満福寺 (6)
薬師堂。詳細は分からない。

満福寺には玉村という地名のもとになった龍神伝説がある。
天慶年間(938~47年)、ある土豪が沼田(のんだ)の美しい娘を平将門に差し出そうとした。娘の父親はこれを避けるため娘を恋人のもとに走らせたが、矢川のほとりで追っ手に追いつかれ川に身を投げてしまった。恋人も同様に身を投げ後を追った。その後、矢川に漂う2つの光る球を見つけた村人は玉を近戸大明神として祀った。

それから約500年後、利根川の洪水の際に龍神が現れ玉のひとつを持ち帰ってしまった。そのため村人は玉龍山満福寺に残った玉を箱に納め祀った。しかしその後もよく洪水が起きたので新たに新田村を作り、龍の玉によりできた村であるため玉村と呼ぶようになった。これが玉村という地名の起こりである。

満福寺にはこの玉を納めたとされる黒塗りの二重箱が伝わっている。ただし、2番目の箱を開けると失明するといわれ、まだ誰も開けていないという。