佐波郡玉村町上之手の玉村山観照寺。

観照寺 (1)
観照寺 (2)
観照寺は天慶3年(940年)に玉村太郎が邸内持仏堂に不動明王を祀ったのが始まりとされる。元久元年(1204年)当地を訪れた明秀上人が持仏堂に留錫、堂宇を建立し観照寺とした。戦国時代に寺運が衰微したが、慶長年間(1595~1615年)に道照和尚が再興している。

観照寺 (3)
観照寺 (4)
弘化2年(1845年)の玉村の大火により本堂を始め焼失、安政4年(1857年)に再建されている。

観照寺 (5)
観照寺 (6)
阿弥陀板碑が3基ある。

中央の板碑には弘長2年(1262年)の銘があり、成型板碑としては群馬県内でも最も古いもののひとつ。高さ128cm、幅40cm。向かって右の板碑は弘安7年(1284年)のもので、高さ85cm、幅36cm。左の板碑は文和2年(1353年)のもので、高さ97.5cm、幅34cm。

観照寺 (7)
観照寺 (8)
観音堂。本尊の馬頭観音が祀られている。

玉村太郎は藤原秀郷とともに平将門の乱平定のため参陣している。その功により玉村の地を賜り、開拓している。鎌倉時代には上野国守護安達氏の下で活躍したという。玉村氏の名は「蒙古襲来絵詞」や「吾妻鏡」にも見受けられる。