Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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安中市安中2丁目の常香山安楽寺。

安楽寺 (1)
安楽寺 (2)
安楽寺は長禄2年(1458年)尋海の開山。正保2年(1646年)に常木から当地に移転している。常木にあったので常香山と称している。

安楽寺 (3)
文化年間(1804~18年)に火災により焼失。古記録などを失っている。こじんまりした本堂はまだ新しそうだが、建立年などは分からない。

安楽寺 (4)
境内の六地蔵。

安楽寺は旧中山道に面しているが、南側は碓氷川に向かっての河岸段丘のような感じになっており、墓地などは傾斜地を階段状に整備している。

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安中市岩井の多層塔。

岩井の多層塔
岩井の多層塔は、昭和19年(1944年)岩井西の平古墳より出土。形状などから造立は鎌倉時代と推定される。

案内板には「安中市にただ一基だけの貴重な塔」ってあったけど、安中市には他にそれなりの時代の宝塔の類い(五輪塔など)は残ってないの?

岩井大河原の庭園にて保存されていたが、平成14年(2002年)に現在地(岩野谷公民館)に移転されている。ちょっと駐車場の隅で、余り良い場所ではないかな。

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安中市岩井の医王山昌井寺。

昌井寺 (1)
昌井寺は慶長6年(1601年)僧・快秀が一庵を建立したのが始まりと伝わる。寛文3年(1663年)に僧・清存を開山に招き、岩井村の中島理左衛門が開基となり昌井寺として創建。

昌井寺 (2)
門前の馬頭観音。

昌井寺 (4)
明治39年(1906年)に堂宇を焼失、現在の本堂は大正11年(1922年)の建立。焼失前には観音堂、薬師堂、不動堂があったとされる。

昌井寺 (5)
歴代住職の墓(と思われる)には五輪塔が並ぶ。

昌井寺 (6)
法印会慶の供養塔。天保3年(1833年)に入寂とあったが、特別に供養塔が建っていることから、中興などの扱いなのかな。

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館林市、大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町

館林市
源義経が休んだ塚 -千塚の判官塚-
生祠 秋元宮 -館林市・永明寺-
足腰の神様 -子神社-
徳川家康ゆかりの寺? -普済寺-
秋元春朝像 -秋元別邸 その2-
榊原康政の守護仏・十一面観音 -遍照寺-
ペッタンコ祭 -富士嶽神社-
新田義重の勧請 -足次赤城神社-
館林市・日向義民地蔵
繁栄の松 -旧大了庵跡-
大谷休泊の墓
館林市高根町・大山祇神社
原田種政の墓? -龍興寺-
館林市・外池商店
館林市・旧二業見番組合事務所
分福酒造店舗 -毛塚記念館-
青龍の井戸 -青龍神社-
城沼の竜神伝説 -竜の井-
浮世絵師・北尾重光の墓 -覚応寺-
徳川四天王・榊原康政の墓 再訪 -善導寺-
榊原康政の孫・松平忠次の生母の墓 -善長寺 その2-
戸泉鋼作の墓 -大道寺 その2-
生田萬父祖の墓 -大道寺-
日本四社 青梅天満宮
英霊を祀る -邑楽護国神社-
館林の総鎮守 -長良神社-
不動まんだら板碑 -五宝寺-
青色地蔵板碑 -愛宕神社-
館林城の鐘 -応声寺-
関東88ヶ所霊場第14番霊場 -観性寺-
田山花袋の姉の墓 -常光寺-
田中正造の墓 -雲龍寺-
楠木正成の首塚? -楠木神社-
向井千秋記念 子ども科学館
きつねの尾曳伝説 その2 -尾曳稲荷神社-
徳川四天王・榊原康政の墓 -善導寺-
「お辻」の供養塔 -善長寺-
館林市・山王山古墳
つつじが岡第2公園 その2 -館林城出土墓石群-
つつじが岡第2公園 -旧秋元別邸-
明治の擬洋風建造物 -旧上毛モスリン事務所-
きつねの尾曳伝説 -館林城址-
館林市第1資料館
旧館林藩の武家屋敷 -武鷹館-
白鳥の舞 -多々良沼-


大泉町
大泉町東小泉・厳島神社
富岡秀親室・知月院の開創 ー勢光寺ー
大泉町東小泉・羽黒山梅梢寺
大泉町上小泉・夜盗の墓
大泉町北小泉・雷電神社
大泉町西小泉・小泉大神宮
大泉町西小泉・天照山正善院
大泉町中央・瑠璃山常光寺
大泉町中央・西宮神社
ぺたんこ祭り ー鹿島浅間神社ー
大泉町城之内・社日稲荷神社
大泉町最古の寺院 ー小泉山成就院ー
富岡秀高室・妙智尼の開創 ー赤城山正眼寺ー
小泉城の守護神 ー城之内八幡宮ー
平将門の供養塔 ー蚕福山神宮ー
大泉町坂田・長良神社
大泉町吉田・榛名神社
中風除けの神様 ー青麻神社ー
大泉町吉田・長良神社
南朝の忠臣・児島高徳を祀る ー児島神社ー
大泉町古海・長良神社
大泉町仙石・神明山専光寺
大泉町仙石・太神宮
富岡秀光の開基 ー湧泉山願成寺ー
大泉町古氷・長良神社
大泉町寄木戸・源中稲荷神社
ぽっくり不動 ー寄木戸不動尊ー
イボ取り庚申 ー寄木戸庚申堂ー
楠木正行の妻・加富貴御前の開基 ー宝寿院ー
大泉町寄木戸・長良神社
大泉町・城之内の百庚申
同向式画文帯神獣鏡 -古海原前1号古墳-
伝・児島高徳の墓 -高徳寺-
民俗資料館 -大泉町文化むら その3-
埋蔵文化財常設展示室 -大泉町文化むら その2-
裕福な自治体はいいね -大泉町文化むら-
富岡氏の菩提寺 -龍泉院-
大泉町・城之内古墳
西邑楽の総社 -小泉神社-
富岡氏の居城 -小泉城址-


板倉町
秘仏・除川観音 -花蔵院-
雲切不動尊 -長徳寺-
板倉町上五箇・普光寺
板倉町大高嶋・清浄院
上州板倉 智恵付け天神 -高鳥天満宮-
板倉町最大の前方後円墳 -筑波山古墳-
北関東の三大地蔵 -地蔵院-
岩田観音・千手観音像 -板倉町・円満寺-
光明真言金亀宝篋印塔 -安勝寺-
豊作なでなで河童 -実相寺-
親鸞と性信の古蹟 -宝福寺-
群馬県内最古の十王十仏板碑 -淨蓮院-


邑楽町
邑楽町赤堀・観音山明王院
邑楽町赤堀・天満宮 & 久五郎神社
分福茶釜伝説 ー薬王山高源寺ー
邑楽町狸塚・長良神社
邑楽町光善寺・神明宮
邑楽町鶉・長良神社
邑楽町藤川・月久山高正寺
邑楽町秋妻・Bー29墜落地点
Bー29墜落搭乗員の埋葬地 ー光林寺ー
玉取姫伝説が由来? ー玉取神社ー
邑楽町藤川・四祀開神社
細谷秀国の勧請 ー籠宮稲荷神社ー
細谷秀国の墓所 ー五位堂ー
邑楽町篠塚・大国神社
邑楽町篠塚・龍谷山正泉寺
邑楽郡の一宮 ー篠塚長柄神社ー
中野景継の勧請 ー前原浅間神社ー
邑楽町中野・蛭沼薬師堂
邑楽町中野・愛宕神社
邑楽町中野・長良神社
邑楽町中野・谷中観音
B-29・グラマン搭乗員の慰霊碑 -清岩寺-
永明寺のキンモクセイ -永明寺-
北条泰家の創建? -恩林寺-
志士之碑(竹岸武兵衛の顕彰碑) -神光寺-
石打こぶ観音 -明言寺-
山門の閻王殿 -慶徳寺-
新田義貞四天王・篠塚伊賀守重廣の菩提寺 -邑楽町・大信寺-
多々良沼の岬に鎮座 -浮島弁財天-
邑楽町のシンボルタワー -未来MiRAi-
白鳥の舞 -多々良沼-


千代田町
千代田町瀬戸井・怛落山宝生寺
千代田町福島・大福山金剛寺
千代田町下中森・長良神社
岡戸畊榮の墓と行人塚 ー宝珠寺ー
千代田町上中森・八幡宮
3世・4世紫峰庵夫雪の墓 ー長性寺ー
千代田町萱野・白山神社
千代田町萱野・瀧澤山洞源寺
千代田町鍋谷・稲荷神社
千代田町鍋谷・医王山医王寺
藤原秀郷が戦勝祈願 ー舞木長良神社ー
千代田町舞木・中島将監屋敷跡
千代田町舞木・中島神社
邑楽郡長良神社の本宮 -瀬戸井長良神社-
亀田三先生の筆跡 -上五箇愛宕神社-
初代・紫峰庵夫雪の墓 -授楽寺-
建武の板碑 -大林寺-
藤原秀郷生誕地の碑 -舞木城址-
千代田町・弘安の板碑
玉眼嵌入彩色仁王像 -医王山東光寺-
元応の板碑 -舞木円福寺-
田山花袋の歌碑 -赤岩八幡神社-
行基の開創 -米頂山安楽寺-
荻野吟子の生家の長屋門 -光恩寺 その2-
関東屈指の古刹 -光恩寺-
徳川綱吉ゆかりの梵鐘 -寶林寺-


明和町
館林騒動・三義人の供養碑 -教学院-

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邑楽郡大泉町東小泉の厳島神社。

東小泉厳島神社 (1)
東小泉厳島神社は、天正7年(1579年)に勢光寺開山の了海が弁天尊を勢光寺内のお堂に安置したのが始まり(当時は弁天堂と呼ばれた)。本尊の弁天象は弘法大師の作とされる。その後、寛永7年(1630年)勢光寺3世・了信が現在地に竹堂を建て勢光寺から遷している。

明治初年に勢光寺から分かれ厳島神社となり、明治41年(1908年)に菅原神社と合併。その菅原神社も明治45年(1912年)長良神社と合併、小泉神社となっている。

しかし地元の方々は、従来通り弁天尊を福徳・智慧・財宝の神として信仰し、毎年例祭も行っているという。

東小泉厳島神社 (2)
東小泉厳島神社 (3)
東小泉厳島神社 (4)
堂内には小さなお社に鏡が置かれている。鏡がご神体になっているのかな。右側には弁天像もある(こちらがご神体かな)。まだ新しそうだ。

東小泉厳島神社 (5)
境内の弁天像。平成17年(2005年)の造立。弘法大師作といわれる弁天像はいつしかなくなり、人々は虚しくお参りすることになったので、代わりに建立されたようだ。同内の弁天像も同時期の造立かも。

東小泉厳島神社 (6)
境内入口の道祖神。文化8年(1811年)の造立。

弁天さまは元々仏教の守護神である天部だが、神仏習合で神道にも取り込まれている。ここがオレのような素人には分かりづらいところ。この厳島神社のように祀られているところも多い。しかし一方で仏さまとしてお寺に安置されているケースも多い。

明治の神仏分離時に神道色の強かった弁天堂(社)の多くは神社となったらしいので、ここもそうなんだろうとしか言えない。

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邑楽郡大泉町東小泉の普照山勢光寺。

勢光寺 (1)
勢光寺は天正7年(1579年)小泉城主・富岡秀親(富岡氏4代)の室・知月院が、僧・了海を招き清光寺を創建。亡夫の菩提を弔った。寛文12年(1672年)京都・知恩院の末寺になった際、勢光寺と改称している。

勢光寺 (2)
勢光寺 (3)
山門には天井絵が施されている。

勢光寺 (4)
勢光寺 (5)
門前の石仏群。お地蔵さんは延宝4年(1676年)の銘があった。

勢光寺 (6)
本堂は文化10年(1813年)に焼失。その後、庫裡を兼用の仮本堂としてきたが、本堂、庫裡とも新築されたようだ。

勢光寺 (7)
勢光寺 (8)
勢光寺 (9)
聖徳太子の線刻碑。大正10年(1921年)の建碑。聖徳太子の1300年忌とあったと思う。

勢光寺 (10)
庚申供養塔と青面金剛像など。宝永(1704~11年)、享保(1716~36年)の銘があった。

勢光寺 (11)
勢光寺 (12)
鐘楼と梵鐘。勢光寺の梵鐘は先の大戦時に供出されて以来無かったが、平成31年(2019年)に檀徒の方により鐘楼と共に寄進されている。

勢光寺 (13)
明治6年(1873年)に現在の大泉北小(当時は求道館)が勢光寺に開校した旨の記念プレートがあった。

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邑楽郡大泉町東小泉の羽黒山梅梢寺。

梅梢寺 (1)
梅梢寺は元禄8年(1565年)龍泉院2世・芳庵正東が梅梢庵として開創したのが始まり。境内に梅の木が多かったので、この名称になったとされる。

梅梢寺 (2)
寺標前の地蔵像と馬頭観音石碑。

梅梢寺 (3)
本堂は昭和51年(1976年)の建立。本堂前の灯籠は昭和60年(1985年)の奉納。

梅梢寺 (4)
境内の招福観音像。平成10年(1998年)の造立。

梅梢寺 (5)
墓地入口の六地蔵。

梅梢寺の北に羽黒権現があり、当地が羽黒と呼ばれていたので羽黒山の山号になった。なお、羽黒権現は富岡氏家臣・茂木若狭が天文15年(1546年)に勧請したといわれるが、現在はその社は不明となっている。

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邑楽郡大泉町上小泉の夜盗(よとう)の墓。
大泉町斎場内(道路側)にある。

夜盗の墓 (1)
夜盗の墓 (2)
その昔、間之原地区の農家(旧家)に盗賊が押し入り金品を奪って逃げたが、使用人に追いつめられ切り殺された。そのたたりを恐れ墓を建て霊を慰めた。

これを「夜盗の墓」と呼んで、今でもお参りをする人がいるという。

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邑楽郡大泉町北小泉の雷電神社。

小泉雷電神社 (1)
小泉雷電神社 (2)
北小泉雷電神社の由緒は不詳。明治40年(1907年)小泉神社に合祀されたが、西原地区氏子の皆さんの懇願により旧社地に再び雷電神社として祀られている。

小泉雷電神社 (3)
小泉雷電神社 (4)
小さなお社の中に神殿が鎮座している。

小泉雷電神社 (5)
境内は狭いがその大半が緑で覆われ、しかも整備も行き届いている。藤棚のように見えたので、その季節には花も綺麗だろう。

西原地区の言い伝えでは、大昔に大洪水があり雷電さまのお宮が板倉まで流され、そのまま板倉で祀られたという。そのため、西原の雷電さまは板倉の雷電神社より古く、霊験もあらたかだといわれる。

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邑楽郡大泉町西小泉の小泉大神宮。

小泉大神宮 (1)
小泉大神宮の由緒は不詳。元は神明宮(社)で、正善院の山号の元になっている。
(「大泉町西小泉・天照山正善院」参照)

明治10年(1877年)富士之越(現在の富士)浅間神社の境内へ遷る。その後、旧社地に社殿を建立し祭祀している。その際に大神宮となっている。

小泉大神宮 (2)
小泉大神宮 (3)
現在の社殿は平成23年(2011年)の建立。

神霊は浅間神社に遷座後、小泉神社に合祀されていたようだが、小泉大神宮の創建に伴い分祀されたようだ。

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邑楽郡大泉町西小泉の天照山正善院。

正善院 (1)
正善院は龍泉院7世・伝国正的が松原庵として創建。庵近くに神明社があり、そこから天照山の山号とした。万治元年(1658年)当地の石井家が僧・全鉄を迎え一宇を建立。その後、明和8年(1771年)に石井家が開基となり伽藍を整備し正善院となっている。

正善院 (2)
正善院 (3)
本堂は平成20年(2008年)の新築建立。

正善院 (4)
六地蔵は平成6年(1994年)の奉納。

正善院 (5)
境内の聖観音像。

正善院 (6)
正善院 (7)
延命観音菩薩像。通称ぽっくり観音とある。平成15年(2003年)の建立。

延命観音は呪いや毒害から守り、寿命を延ばす功徳があるとされる。人生最後の病に伏せりしも、延命観音の手引きによりぽっくり極楽浄土に導かれることから「ぽっくり観音」というらしい。

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邑楽郡大泉町中央の瑠璃山常光寺。

常光寺 (1)
常光寺は龍泉院2世・芳庵正東の開山。芳庵正東の入寂が天正4年(1576年)なので、創建はその前となる。その後、元禄年間(1688~1704年)に現在地に移転。その際の碧天觜印を中興開山としている。

常光寺 (2)
念仏供養の地蔵像。平成23年(2011年)の造立。

常光寺 (3)
六地蔵は平成元年(1989年)の造立。

常光寺 (4)
常光寺 (5)
本堂は昭和43年(1968年)の建立。

常光寺 (6)
常光寺 (7)
境内の薬師堂(瑠璃光庵)。本尊の薬師如来は厨子の中。この薬師如来像は鎌倉時代の仏師・運慶の作といわれる。

常光寺 (8)
聖観音像。

常光寺 (9)
庫裡前には埴輪が置いてあった。右側の物は有名な「倚子に腰かけた少女」(古海天神山古墳出土)だね。国の重要文化財に指定されており、実物は国立東京博物館にある。大泉町文化むらの埋蔵文化財展示室でレプリカを見ることができる。
(「埋蔵文化財常設展示室 -大泉町文化むら その2-」参照)

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邑楽郡大泉町中央の西宮神社。

大泉西宮神社 (1)
大泉西宮神社 (2)
大泉西宮神社は昭和23年(1948年)に小泉町(当時)商工会の総意により、兵庫県・西宮神社の分霊を勧請し創建された。商売繁盛を祈念するとともに、地域を盛り上げようとしたもの。

ちなみに、小泉町と大川村が合併し大泉町になったのは昭和32年(1957年)のこと。

大泉西宮神社 (3)
大泉西宮神社 (4)
大泉西宮神社 (5)
拝殿は創建の数年後に建立されている。

大泉西宮神社 (6)
本殿は創建時に、中島飛行機の産業報国館隅にあった神殿を商工会長が直々に富士重工(現スバル)からもらい受けたもの。

大泉西宮神社 (7)
大泉西宮神社 (8)
境内隅にある庚申供養塔。宝暦10年(1760年)の造立。西宮神社は中部公民館敷地内(鳥居の写真に写っている右側の建物)にあるので、庚申塔は元々あったものと思う。白いカップがお供えされている。

当地は正眼寺の前身である正眼庵を開創した富岡秀高の室・妙智尼の屋敷跡との説もある。
(「富岡秀高室・妙智尼の開創 ー赤城山正眼寺ー」参照)

西宮神社といえば恵比須講。毎年11月19日、20日に行われる。当日は境内までの道にはたくさんの露店が並ぶ。熊手などがが売れるたびに、景気の良い手締めの音が鳴り響く。その他、大泉スタンプの謝恩抽選会、季節の果物・野菜の即売や甘酒が振舞われる。

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邑楽郡大泉町富士の鹿島浅間神社。

鹿島浅間神社 (1)
鹿島浅間神社は承平元年(931)佐貫荘荘管・佐貫良綱の勧請と伝わる。同年の6月1日(旧暦、今の7月)にこの地方一帯に雪が降り、これは浅間明神の怒りに触れたと考えてのものといわれる。

鹿島浅間神社 (2)
石段は脇の巨木の根の影響か、波打っている。

鹿島浅間神社 (3)
鹿島浅間神社 (4)
石段横の富士登山33度記念石碑と馬頭観音。馬頭観音には安永4年(1775年)の銘がある。

鹿島浅間神社 (5)
鹿島浅間神社 (6)
鹿島浅間神社 (7)
社殿は富士塚の上に建つ。小さい円墳のような気がしないでもないが。

鹿島浅間神社 (8)
浅間神社(木花咲耶姫命)は安産の神・子育ての神とされる。毎年の初山祭は、赤ちゃんの額に御朱印を押して祈願するので、「ぺたんこ祭り」といわれる。写真は大泉町広報情報課の公式ツイッターから借用。

江戸時代から続いている伝統行事で、赤ちゃんの無病息災、無事成長を願うもの。男の子と女の子では違うご朱印を押す。

YouTubeに「初山祭」の動画があったので、貼り付けておきます。




館林市富士原町の富士嶽神社でも同様の行事が行われている。
 「ペッタンコ祭 -富士嶽神社-

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邑楽郡大泉町城之内の社日稲荷神社。
小泉神社の境内社である。(小泉神社は「西邑楽の総社 -小泉神社-」参照)

社日稲荷神社 (1)
社日稲荷神社 (2)
社日稲荷神社は文化13年(1816年)長良大明神のご託宣により、長良神社(現在の小泉神社)境内に社殿を造営し社日大神を勧請、社日神社として創建。昭和48年(1973年)に京都・伏見稲荷から分霊を勧請、翌年に社日稲荷神社と改称している。

社日とは雑節のひとつで、春には五穀の種を供えて豊作を祈願し、秋にはその年の収獲に感謝するという土地の守護神を祀る日。

鳥居は昭和49年(1974年)の建立。扁額の揮毫は福田赳夫元首相。大蔵大臣とあるので、当時は大蔵大臣であったようだ。

社日稲荷神社 (3)
社日稲荷神社 (4)
社日稲荷神社 (5)
明治10年(1877年)に長良神社(小泉神社)の拝殿が再建された際、その旧拝殿を移している。明治31年(1898年)に社殿を再建。

拝殿の扁額も揮毫は福田赳夫元首相(肩書きは鳥居同様大蔵大臣)。ちなみに、小泉神社の拝殿に掛かる扁額も揮毫も福田赳夫元首相。肩書きは内閣総理大臣になっている。

社日稲荷神社 (6)
社日稲荷神社には「探湯(くがたち)神事」が伝承されている。神前に供えられている大釜中の熱湯に小笹を浸し、それを全身に浴び神に忠誠を誓い、神託を仰ぐというもの。写真は大泉町HPから拝借。

文化13年の創建以来3月と9月の例祭時に行われ、家内安全・厄難除け等の神事として受け継がれている。


YouTubeに「探湯神事」の動画があったので、貼り付けておきます。

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