Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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前橋市鼻毛石町の八幡神社。

鼻毛石八幡神社 (1)
鼻毛石八幡神社 (2)
鼻毛石八幡神社の由緒は不詳だが、応仁年間(1467~69年)に京都・石清水八幡宮から分霊を勧請したとされる。

鼻毛石八幡神社 (3)
鼻毛石八幡神社 (4)
鼻毛石八幡神社 (5)
杉の大木に囲まれた参道を進むと二の鳥居がある。明治35年(1902年)に合祀された御霊神社のもの。

鼻毛石八幡神社 (6)
鼻毛石八幡神社 (7)
鼻毛石八幡神社 (8)
社殿は寛保元年(1741年)の大祭の夜に火災により焼失、嘉永3年(1850年)に再建された記録がある。現在の拝殿は近年の再建のようだ。本殿は嘉永当時のものかもしれない。

鼻毛石八幡神社 (9)
鼻毛石八幡神社 (10)
社殿横には日露戦争記念碑(揮毫は乃木希典大将)。一の鳥居横には軍馬応徴紀念碑。離れているがセットのような気がする。

軍馬応徴に関しては、前橋市西大室町の大室神社にも碑がある。赤城南麓では軍馬(と言うか馬)の飼育が行われていたのかな。
(大室神社は「大室城本丸跡に鎮座 -大室神社-」参照)

鼻毛石八幡神社 (11)
源義家の硯石。寛治元年(1083年)に奥州へ向かう源義家が当地で休憩した際、従軍を願う者が多数集まった。義家はその名簿を作ろうと硯を取り出し、この石のくぼみに溜まっていた水をを使ったことから「硯石」と呼ばれる。

この硯石があったから、当地に源氏の氏神・八幡神を勧請したんだろう。

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前橋市鼻毛石町の鼻石。

鼻石 (1)
鼻石 (2)
鼻石は赤城山の噴火時に飛来した噴石とされる。鼻の形をしているからと言われるが、良く分からない。鼻石には石祠が祀られており、神の宿る石「ご神石」として古くから雨乞い信仰の対象であったようだ。

当地が「鼻毛石」と呼ばれるようになったのは鼻石から来ている。「鼻石」「鼻ヶ石」などと表記されることもあったようだが、明治22年(1889年)の町村制施行時には「宮城村大字鼻毛石」となっている。

赤城山南麓には巨石信仰が多く残っており、みな往古の赤城山噴火の噴石や岩屑なだれの集積である。

関連
 「安産の神様と巨石群 -産泰神社-
 「巨石祭祀遺跡 -七ツ石雷電神社-
 「日本一(?)の大鰐口 -万徳寺(石山観音)-

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前橋市柏倉町の諏訪神社。

柏倉諏訪神社 (1)
柏倉諏訪神社は明応2年(1493年)に信濃国諏訪大社から分霊を勧請したと伝わる。

柏倉諏訪神社 (2)
柏倉諏訪神社 (3)
鳥居扁額には諏訪神社の他、近戸神社と稲荷神社の名も刻されている。近戸神社と稲荷神社は明治40年(1907年)に合祀されている。

柏倉諏訪神社 (4)
柏倉諏訪神社 (5)
社殿は大正3年(1914年)に本殿を改築した際、本殿上屋を拝殿としていた。現在の拝殿は昭和40年(1965年)の建立。

柏倉諏訪神社 (6)
柏倉諏訪神社 (7)
本殿は文政8年(1825年)の建立。大正3年(1914年)、昭和40年(1965年)に改築されている。上屋は昭和40年の改築時に新築建立。

柏倉諏訪神社 (8)
神楽殿は明治2年(1869年)の建築。旧宮城村に現存する唯一の歌舞伎舞台。

柏倉諏訪神社 (9)
神楽殿舞台には稲わらが干してあった。年始用の新しい注連縄を作るためであろうか。

柏倉諏訪神社 (10)
境内に諏訪大社下社秋宮の「三葉の白松」が植樹されていた。諏訪大社実物の切り分けかは不明だが。「三葉の白松」は昭和天皇・皇后両陛下が行幸のおりご覧になったことから「天覧の白松」ともいわれる。

一般的な松葉は二葉だが、下社秋宮の「三葉の白松」はその名の通り三葉で、しかも落葉時に金色になるといわれている。そのため金運と延命長寿のご利益があるとされる。

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前橋市(旧郡部を除く)

前橋市荻窪町・荻窪神社
前橋市総社歴史資料館
前橋市総社町・立石諏訪神社
前橋市総社町・熊谷稲荷神社
総社町の総鎮守 -総社神明宮-
前橋市小屋原町・稲荷神社
八咫鏡を作った石凝姥命を祀る -鏡神社-
前橋市東大室町・大室神社
大室城本丸跡に鎮座 -大室神社-
大胡城主・牧野康成の開基 -湯清寺-
国定忠治の愛妾・お徳の旧家屋 -観昌寺 その2-
大室太郎の墓 -観昌寺-
笂井町の氏神様 -笂井近戸神社-
前橋市・稲荷新田の薬師さま
前橋市亀里町・阿内宿の石幢
軍神・岩佐直治中佐の墓 -松竹院-
室町時代の鰐口 -東福寺-
前橋市最古の六地蔵石幢 -正法寺-
前橋市上青梨子町・淡島神社
前橋市青梨子町・菅原神社
「関東の名工」小林源太郎の彫刻 -植野稲荷神社-
天狗岩用水開削時の丁間台 -丁間稲荷神社-
高須隼人の墓 -正幸寺 その2-
慈覚大師の創建 -禅養寺-
歴代前橋藩主の崇敬社 -山王日枝神社-
石造阿弥陀如来三尊像 -後閑円満寺-
前橋市上大島町・近戸神社
百番観音 -浄土院-
前橋市・公田の岩舟地蔵
前橋市・小島田の阿弥陀如来坐像
群馬県最古の供養碑 -小島田の供養碑-
前橋市・江木の宝塔
前橋市江木町・六所神社
津久井磯の遺徳碑 -隆興寺 その2-
前橋公園の「楫取素彦と松陰の短刀」銅像
旧普蔵寺供養塔 -最善寺 その2-
前橋市・今井神社古墳
前橋市・富田の宝塔
前橋市・正円寺古墳
上州七福神・福禄寿を祀る -正円寺-
前橋市・桂萱大塚古墳
前橋城の鬼門除け -早虎稲荷神社-
前橋市・片貝能満虚空蔵地蔵尊
片貝神社の太々神楽 -片貝神社-
平敦盛の供養塔 -泉蔵寺-
赤い御霊石伝説 -小石神社-
「おくまんさま」の三つ足八咫烏石 -前橋市・熊野神社-
佐藤垢石の碑
お沓の言い伝え -前橋市・上新田雷電神社-
前橋市・鳥羽の大日如来および笠塔婆
応永の宝塔 -大福寺-
青栁大師 -龍蔵寺-
石田玄圭の墓
養蚕神楽 -春日神社-
「生糸のまち前橋」の近代化遺産 -旧安田銀行担保倉庫-
前橋市出身の英霊を祀る -厩橋護国神社-
日本最初の製糸工場 -前橋製糸場跡-
楫取素彦・寿夫妻の発願 -清光寺-
筑波山信仰 -無量寿寺-
前橋市日輪寺町・菅原神社
十一面観音伝説 -日輪寺-
魚遊寺伝説 -乗明院-
伝教大師・最澄の創建 -善光寺-
意外と怖い長壁神 -長壁神社-
静御前のお墓??
酒井重忠の建立 -観民稲荷神社-
市街地の発電所 -柳原発電所-
御真影御里御坊 -妙安寺-
赤穂浪士・矢頭右衛門七の母の墓 -大蓮寺-
広瀬川 白く流れたり -広瀬川遊歩道-
徳川家康の8男・仙千代を祀る -正幸寺-
酒井忠世の開基 -隆興寺-
松平直矩の開基 -永寿寺-
新田義貞の首塚? -新田塚古墳-
新田義貞の首級を持ち帰った(?)「覚明」の墓 -宝禅寺-
神明宮の外宮? -前橋千代田・稲荷神社-
太田道灌の建立?? -前橋千代田・神明宮-
酒井重忠所縁の寺 -源英寺-
前橋公園の日本庭園
学校院若王子大明神 -御霊神社-
中臣羽鳥連の墓 -釈迦尊寺-
名馬「磨墨」の蹄がご神体 -駒形神社-
大坂戦籠城之図 -前橋文学館 その2-
萩原朔太郎記念・水と緑と誌のまち前橋文学館
前橋厄除け大師 -蓮華院-
総社神社の別当寺 -徳蔵寺-
上野国府跡? -宮鍋神社-
名馬・磨墨の墓 -祝昌寺-
前橋市・金冠塚古墳
前橋市・亀塚山古墳
前橋市・天神山古墳
前橋市・天川二子山古墳
前橋市総社町・遠見山古墳
前橋市総社町・愛宕山古墳
鎌倉坂伝説 -善勝寺-
酒井忠世家臣・本城氏の墓 -長昌寺-
初代前橋市長・下村善太郎の墓 -龍海院 その2-
7世紀末の大型円墳 -荒砥富士山古墳-
白鳳時代の大伽藍寺院跡 -山王廃寺跡-
松平(直基)家の崇敬社 -前橋東照宮-
復活のイエス -前橋聖マッテア教会-
群馬初のカトリック教会 -前橋カトリック教会-
群馬初の公会堂 -群馬会館-
昭和時代の群馬の顔 -群馬県庁昭和庁舎-
江戸時代の年貢貯蔵庫 -上泉郷蔵-
剣聖・上泉信綱の墓 -西林寺-
安産の神様と巨石群 -産泰神社-
石川氏の墓 -最善寺-
前橋・大室公園 その6 -旧関根家住宅-
前橋・大室公園 その5 -前二子古墳-
前橋・大室公園 その4 -中二子古墳-
前橋・大室公園 その3 -後二子古墳-
前橋・大室公園 その2 -小二子古墳-
前橋・大室公園 その1 -M・1号古墳-
赤城神社 その3 -二宮・赤城神社-
前橋・八幡山古墳
単層四脚の総門 -大徳寺-
常盤御前のお墓? -極楽寺-
静御前のお墓? -養行寺-
上野国の総鎮守 -総社神社-
初めて見たオリンピックのメダル -総合スポーツセンター・スポーツ資料館-
萩原朔太郎のお墓 -政淳寺-
岩神の飛石 -岩神稲荷神社-
お虎が淵伝説 -虎姫観音-
のんびり散策 その2 -敷島公園・ばら園-
のんびり散策 -敷島公園-
お艶のその後・・・ -お艶が岩/お艶観音-
淀君のお墓? -元景寺-
上毛野田道の墳墓? -蛇穴山古墳-
秋元氏歴代の墓所 -宝塔山古墳-
秋元氏の菩提寺 -光巌寺-
徳川譜代・酒井家の菩提寺 -龍海院-
明治時代の迎賓館 -臨江閣-
水道タンクと資料館 -前橋市水道資料館-
ネコも入りたがる記念館 -萩原朔太郎記念館-
あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-

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前橋市荻窪町の荻窪神社。

荻窪神社 (1)
荻窪神社 (2)
元和年間(1615~24年)から東・西荻窪村の氏神として八柱神社と神明宮が祀られていた。明治41年(1908年)に八柱神社、神明宮など村内各社を合併し、村名から荻窪神社と改称している。東・西荻窪村は明治5年(1872年)に合併、一村になっている。

荻窪神社 (3)
社殿前の狛犬は昭和9年(1934年)の造立。

荻窪神社 (4)
荻窪神社 (5)
社殿の建立年などは不明。

荻窪神社 (6)
鳥居左側の庚申塔や石塔群。

荻窪神社 (7)
荻窪神社 (8)
境内社の石宮。上の写真は八坂神社かな。

荻窪神社は桂萱57号墳(円墳)上に鎮座している。と言っても、相当削平されており古墳にはまったく見えない。

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安中市

安中藩士・関島成章の墓 ー慈恩寺ー
安中市古屋・島野山法楽寺
安中市古屋・野後神社
安中市原市・標陀山満福寺
安中市梁瀬・滝山城跡 ー不動山聖明寺ー
安中市原市・悪途山観乗院
安中市・旧安中町4号墳
安中市安中・一心山清照寺
安中市安中・碓氷山長徳寺
安中市安中・常香山安楽寺
安中市・岩井の多層塔
安中市岩井・医王山昌井寺
安中市板鼻・釜渕山大乗院
安中市下秋間・榛名神社
安中市下秋間・八幡宮
日本武尊の「冠石」と「腰掛石」? -磯部神明宮跡-
安中市中秋間・大森神社
群馬県内最古の橋供養塔 -三角の橋供養塔-
安中市・中後閑神社
伝・源為朝陣屋跡に鎮座 -十二山神社-
日本武尊の馬に水を飲ませた小型石棺(馬舟さま) -東神社-
安中市・磯部神社
秋元長朝屋敷跡 -清元寺-
安中市・中野谷神社
白鬚の老人が日本武尊を救う -白鬚神社-
安中市松井田町・茶釜石
五料の地蔵さん -夜泣き地蔵-
磯部温泉・楫取素彦別邸跡
磯部温泉薬師
磯部温泉・赤城神社
仙石因幡守の頌徳碑
安中市・八本木の旧立場茶屋
日本三地蔵 -八本木延命地蔵尊-
安中の時の鐘 -真光寺-
彫刻の寺 -長伝寺-
碓氷郡の一宮 -碓氷神社-
中山道坂本宿 下の本陣・金井家の墓 -青松寺-
日本武尊の勧請 -坂本八幡宮-
碓氷馬車鉄道顕彰碑
井伊家ゆかりの寺? -成就院-
安中市原市・榎下神社
簗瀬城址 -城山稲荷神社-
金井忠兵衛の墓
明治天皇腰掛石 -中宿諏訪神社-
小幡信秀の開基 -宗泉寺-
安中忠政の墓 -全性寺 その2-
医学者・荒木寅三郎の墓
安中市野殿・白山比咩神社
日本武尊伝説 -飽馬神社-
お寺の中の博物館 -世界乗物館(龍昌寺)-
山田三川の墓 -龍昌寺 その2-
特攻慈母観音 -蓮久寺-
新島襄の祖父と弟の墓 -妙光院-
安中愛宕神社
伊勢三郎義盛伝説 -遠丸石-
黄金の千手観音? -正龍寺-
安中草三郎の妻・歌の墓? -東光院-
安中草三の碑
ぽっくり不動 -聖不動威怒明王-
安中忠親の墓 -安中・桂昌寺-
安中忠清の墓 -安中・久昌寺-
橋にされていた観音様 -聖観音碑-
下曽根氏累代の墓 -信照寺-
詩人・大手拓次の墓
井伊直孝が社殿を整備 -威徳神社-
井伊直孝(井伊直政次男)からの書状 -北野寺-
金井兵部重久鋳造の梵鐘 -称名寺-
安中市松井田町・寶蔵寺
四季を通じて花のある寺 -雲門寺-
伊勢義盛の墓? -安中市岩井・常楽寺-
安中市・簗瀬二子塚古墳
畑の中のパルテノン -旧松井田役場-
松井田町八城の八塔石紅地蔵
霜災懲毖之碑 -絹笠神社-
見事な山城 -後閑城址-
足利尊氏の開基 -崇徳寺-
源頼朝も参拝 -松井田八幡宮-
親鸞心替血之辻 -本照寺-
源頼光四天王・碓氷定光の開基 -松井田・金剛寺-
依田信濃守政知の開基 -長源寺-
源義国の開基 -満行寺-
磯貝雲峰の墓 -自性寺-
神楽殿をくぐって参拝 -郷原日枝神社-
一遍上人の笈 -聞名寺-
高崎藩主松平康長の娘・露姫の墓 -実相寺-
栄朝禅師の木像 -蓮華寺-
峠の釜めし -おぎのや(荻野屋)-
碓氷峠のめがね橋 -碓氷第三橋梁-
坂本ダムと碓氷湖
大道寺政繁の墓 -補陀寺-
羊太夫を祀る -羊神社-
戦国時代の戦死者? -簗瀬八幡平の首塚-
石川忠房の生祠 -安中・三社神社-
安中の総鎮守 -安中・熊野神社-
太山融斉と柏木義圓の墓 -西廣寺-
妖怪・チャンコロリンの墓 -大泉寺 その2-
小野栄重の墓 -南窓寺-
養蚕の神の白いヘビがいる? -咲前神社-
女の嫉妬物語 -八重が渕伝説-
井伊直政正室・唐梅院の墓 -大泉寺-
けっこうウキウキ -碓井峠鉄道文化むら-
佐々木盛綱祈願所? -普門寺-
伝佐々木盛綱夫妻の墓 -松岸寺 その2-
伝赤穂浪士・大野九郎兵衛の墓 -松岸寺-
安中市松井田町の龍本山松井田院不動寺
安中 大名小路 その2 -旧安中藩武家屋敷-
安中 大名小路 -旧安中藩郡奉行役宅-
ホームセンターの駐車場? -旧碓井社本社事務所-
皇女和宮のご泊所 -板鼻本陣跡-
和合の鐘 -龍昌寺-
江戸時代の名主屋敷 -五料の茶屋本陣-
招き猫のお寺 -海雲寺-
外から失礼 -安中教会-
今はなき碓井郡 -旧碓井郡役所-
ゴルフ観音 -全性寺-
乗車客が下から2番目 -安中榛名駅-
赤穂浪士の石像
磯部公園の歌詩碑
温泉マーク発祥の地 -磯部温泉-
安中ふるさと学習館

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安中市安中の大日山慈恩寺。

慈恩寺 (1)
慈恩寺 (2)
慈恩寺は元亀・天正年間(1570~92年)の創建と伝わる。元は湯沢山中にあったが、中山道の整備とともに交通の流れが変わると、寛永(1624~45年)の頃に現在地へ移っている。創建場所と伝わる地には、大日如来を祀った大日堂がある。

慈恩寺 (3)
慈恩寺 (4)
六地蔵が彫られている宝塔。風化の具合でお地蔵さんの目がくりっとして、可愛く感じられる。

慈恩寺 (5)
安中藩士・関島成章の墓。関島は安中藩の祐筆で「両野私記」などの著作を残している。その中で「八重が淵伝説」の基になった記録を書いている。それは安中藩主・水野元知の奥方は嫉妬深く、側女を毒虫と共に箱に入れて淵に沈めたという「伝聞」。

水野元知は安中水野家2代目。元知は寛文7年(1667年)に乱心し妻を切りつけたとして改易されている。しかし実は奥方の嫉妬が酷く、腰元を寵愛していると疑い切りつけたのを、逆に元知が切りつけたと幕府に報告されたため。報告したのは奥方の父・水野忠善とされる。

関島は板倉家が藩主時代の文化年間(1804~18年)に亡くなっている人物。150年近く前の「伝聞」を書いただけなんだけど、現在まで語り継がれることになった。

関連
 「女の嫉妬物語 -八重が渕伝説-
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安中市古屋の島野山法楽寺。

法楽寺 (1)
法楽寺 (2)
法楽寺は応永年間(1394~1428年)法印慶秀の開山と伝えられる。寛文年間(1661~73年)法印弁阿の中興。

法楽寺 (3)
法楽寺 (4)
本堂脇に仏堂がある。中に祀られているのはが大日如来かな?

法楽寺 (5)
本堂裏の中興・弁阿の碑。大正12年(1923年)の建碑。

法楽寺 (6)
法楽寺 (7)
法楽寺 (8)
同じく本堂裏には五輪塔や石仏が並んでいる。

大正時代の法楽寺住職は、若者のために英語や数学を教授し、地域の若者育成に力を注いだという。また、碓氷社の取引書類などを英文翻訳もしていたという。

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安中市古屋の野後(のじり)神社。

野後神社 (1)
野後神社は八幡神社として創建され(由緒は不詳)、古屋村・高別当村の鎮守社として崇敬されてきた。明治40年(1907年)に両村の他社を合祀し野後神社と改称している。

鳥居は大正11年(1922年)の建立。

野後神社 (2)
狛犬は平成17年(2005年)、灯籠は明治12年(1879年)の奉納。

野後神社 (3)
野後神社 (4)
野後神社 (5)
社殿は天保15年(1844年)に再建されている。

野後神社 (6)
境内社の稲荷社。嘉永5年(1853年)の銘があった。

野後神社では平成に入ってから大歳参りが行われるようになった。県道から神社まで雪洞(せっとう、ぼんぼり)を灯し、境内では福笹や破魔矢などの授与を行っている。

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安中市原市の標陀山満福寺。

満福寺 (1)
満福寺は永享7年(1335年)法印恵深の創建。慶安2年(1649年)僧・覚誉が中興している。

満福寺 (2)
本堂は安永5年(1776年)に火災に遭い翌年に再建されている。この時は全焼でなく骨組みは残ったので、それを利用し再建したという。そのため、現在の本堂の間取りなどは当時のままという。

満福寺 (3)
弘法大師像。昭和62年(1987年)の建立。

満福寺 (4)
境内の地蔵尊。

満福寺 (5)
少し離れたところにある墓地の庚申塔。

以前紹介した八本木地蔵堂は、満福寺の境外仏堂になっている。地蔵堂には室町時代初期の作と推定される延命地蔵像が祀られている。地蔵像は秘仏で100年に1度ご開帳される。また、安中市最古とされる寛永2年(1625年)庚申石祠がある。
(「日本三地蔵 -八本木延命地蔵尊-」参照)

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安中市簗瀬の不動山聖明寺。

聖明寺 (1)
聖明寺は天和3年(1683年)瑞巌元祥の開創。当地は滝山城跡と伝わり、城跡には不動山称名寺というお寺があり、それが廃寺となり不動堂のみが残されていたといわれる。その後荒廃したが、明治8年(1875年)祖禅通知が再興している。

聖明寺 (2)
境内入口の青面金剛塔と双体神。

聖明寺 (3)
門前の石段などは、滝山城(土塁)の名残りかな。

聖明寺 (4)
聖明寺 (5)
山門の扁額は「第一義」。これは最高の道理、究極の真理などを意味する仏教用語。もちろん、一般用語でも使う(最も大切な根本的な意義、価値)。

聖明寺 (6)
聖明寺 (7)
本堂は昭和59年(1984年)の建立。扁額は「不動寺」。

聖明寺 (8)
聖明寺 (9)
本尊の不動明王を祀る。

聖明寺 (10)
境内のペット供養塔。平成22年(2010年)の建立。

聖明寺 (11)
開山・瑞巌元祥の供養塔。

聖明寺 (12)
祖禅通知(明治に再興した和尚)の供養塔。明治43年(1910年)の建立。

聖明寺は先に書いたように滝山城跡にある。滝山城の詳細は不明だが、安中氏の支城のひとつではないかと思う。南側はすぐに碓氷川なのだが、けっこうな断崖になっている(10mくらいあるような気がする)。ロープが張ってあるが、南側には近づき過ぎない方がいい。

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安中市原市の悪途山観乗院大蔵寺。

観乗院 (1)
観乗院は応永20年(1413年)法印長慶の創建。創建当初は鎗崎にあったが、後に現在地(悪途)に移転しているそのため、山号を悪途山としている。

観乗院 (2)
観乗院 (3)
観乗院 (4)
石段を上るとプレハブ(失礼!)のような小さな本堂。

観乗院 (5)
観乗院 (6)
境内の小堂に人物像が納められていた。観乗院は真義真言宗なので、真言宗の祖・空海か、真言宗中興で真義真言宗の教学の元になった興教大師あたりかな。

観乗院 (7)
観乗院 (8)
境内の六地蔵は3体は修理済みのようだが、他の3体は未着手のようだ。

観乗院 (9)
境内の如意輪観音像。

観乗院 (10)
路傍の百番供養塔や庚申塔。百番供養塔は秩父・板東・西国・四国とあったので、百三十三番供養塔と言うべきか(こんな言い方があるかは知らないけど)。

ところで悪途って字名は、昔は碓氷川からの傾斜地で途(みち)が不便ってことにちなんでいるのだろうが、もちろん現在そんなことはない。まあ、坂道は多いけどね。

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安中市安中3丁目の旧安中町4号墳。

稲荷神社 & 安中4号墳 (1)
安中町4号墳は現状約30mの円墳。街中のためそれなりに削平されている。墳丘上には稲荷神社が鎮座している。社殿下の石垣は後世のもの。稲荷神社(社殿)を建立する際に補強したと思われる。

稲荷神社 & 安中4号墳 (2)
稲荷神社 & 安中4号墳 (3)
稲荷神社 & 安中4号墳 (4)
稲荷神社の社殿直下に横穴式石室が開口している。石室は全長約8m、羨道約3.5m、玄室長約4.5m、高さ約1.7mの両袖式で自然石乱石積み。

稲荷神社 & 安中4号墳 (5)
稲荷神社 & 安中4号墳 (6)
墳丘上の稲荷神社の由緒などは分からない。

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安中市安中2丁目の一心山清照寺。

清照寺 (1)
清照寺は寛永12年(1635年)僧・清照の開山で、浄土真宗の寺院として開創。その後、文化年間(1804~18年)まで長楽寺と称し真言宗になっていたが、文政元年(1818年)藤野浄照が再び浄土真宗に改宗・中興している。

清照寺 (2)
本堂などは天明2年(1782年)の火災で焼失。現在の本堂は大正14年(1925年)に再建。

清照寺 (3)
親鸞の像。浄土真宗の寺院であることを示している。

街中のお寺なので、境内は余り広くない。すぐ隣は旧安中高なので、開校時に寺域を提供しているのかもしれない。安中高は安中総合高の開校に伴い平成20年(2008年)に閉校している。現在は体育館のみ安中体育館として利用されている。

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安中市安中3丁目の碓氷山長徳寺。

長徳寺 (1)
長徳寺 (2)
長徳寺は正中年間(1324~26年)呑海上人の開創。呑海は遊行上人4世。遊行上人とは時宗の指導者に対する敬称。

長徳寺 (3)
山門前の青面金剛塔などの庚申塔。

長徳寺 (4)
本堂は明治39年(1906年)の安中谷津の大火で類焼・焼失。長期に渡り庫裡を兼用本堂としていたが、昭和35年(1960年)に再建している。

長徳寺 (5)
暦応3年(1340年)銘のある板碑。南無阿弥陀仏と彫られている。ちなみに、暦応は南北朝期の北朝の元号で、南朝は延元・興国。

長徳寺 (6)
踊躍念仏供養塔。安政2年(1856年)の造立。「踊躍」というくらいだから、念仏踊りを伴っていたのかな。

ところで、長徳寺には安中草三郎の妻・歌の胴体が葬られているともいわれる。これは噺と現実がごっちゃになっている面もあり、事実かは分からないのだが(噺中では正徳寺となっている)。歌は草三郎に首を切られて殺されてしまい、首は同じく安中の東光院に葬られている(とされる)。

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