Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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高崎市倉賀野町の冠稲荷神社。

倉賀野冠稲荷神社 (1)
倉賀野冠稲荷神社 (2)
倉賀野冠稲荷神社は延宝2年(1674年)の創建。当時、ここには宝珠山三光寺があり、その境内に祀られていたので三光寺稲荷神社と呼ばれていた。明治42年(1909年)に倉賀野神社に合祀された。

ところがその後、稲荷神が地元老人の夢枕に現れて「元の場所に戻りたい」と訴えたという。そのため地元の方々が寄付を募り、昭和11年(1936年)に元の場所に冠稲荷神社として再祀されている。

鳥居は昭和11年(1936年)再祀時の建立。

倉賀野冠稲荷神社 (3)
境内裏側(西側)の鳥居。

倉賀野冠稲荷神社 (4)
倉賀野冠稲荷神社 (5)
社殿前の狐像。再祀時の奉納。

倉賀野冠稲荷神社 (6)
倉賀野冠稲荷神社 (7)
倉賀野冠稲荷神社 (8)
社殿は倉賀野神社への合祀に伴い、明治43年(1910年)に群馬郡東村(現在の前橋市川曲町)の諏訪神社の社殿として売却されている。現在の社殿は再祀時の建立。

ちなみに売却された旧社殿は、現在も川曲諏訪神社の社殿として使用されている。
(「前橋市川曲町・諏訪神社」参照)

倉賀野神社・冠稲荷 (1)
倉賀野神社・冠稲荷 (2)
ところで、倉賀野神社には現在も冠稲荷神社が境内社として祀られている。写真は倉賀野神社の冠稲荷神社(平成24年/2012年訪問時のもの)。これを見る限り、倉賀野神社から完全に分祀されたわけではないようだ。この辺の細かい経緯は分からない。

また、三光寺の境内に稲荷神社が祀られるようになったのには伝説が残っている。あるときから三光寺境内に夜な夜な白狐が現れるようになり、その白狐は人を化かしたりしたので難渋していた。そこで稲荷神(冠稲荷神社)として白狐を祀ったところ、それからは姿を現わさなくなったという。


前橋市朝倉町3丁目の飯玉神社。

朝倉飯玉神社 (1)
朝倉飯玉神社 (2)
朝倉飯玉神社は寛政2年(1790年)の勧請と伝わる。

朝倉飯玉神社 (3)
朝倉飯玉神社 (4)
朝倉飯玉神社 (5)
二の鳥居、灯籠は明治33年(1900年)の建立。

朝倉飯玉神社 (6)
朝倉飯玉神社 (7)
社殿は平成11年(1999年)の建立。それまでは創建時(寛政2年)建立の社殿であった(もちろん修築有りだが)。

朝倉飯玉神社 (8)
朝倉飯玉神社 (9)
境内社・末社(諏訪社・神明宮・八幡宮・菅原社・熊野社・稲荷社など)。

朝倉飯玉神社 (10)
朝倉飯玉神社 (11)
境内の杉の大木(樹高19m)と松(樹高13m)。

朝倉飯玉神社 (12)
日露戦役凱旋記念碑。揮毫は大山巌元帥。西郷隆盛の従兄弟としても有名。現在よく見る西郷隆盛の肖像画(キヨッソーネ画)は、顔の上半分を西郷従道(弟)、下半分を大山巌をモデルにして描いたといわれる。


前橋市朝倉町の示現山永福寺。

永福寺 (1)
永福寺の創建年などは不詳。尊栄の開基、後に玄海の中興とされる。

永福寺 (2)
本堂はコンクリート製で、一般的なお寺の本堂とは違う趣きである。

永福寺 (3)
境内の石造物。左から二十二夜塔(如意輪観音)は天明4年(1784年)、庚申塔は寛政12年(1800年)、念仏供養塔は元禄13年(1700年)の造立。一番右は八臂の馬頭観音かな。

永福寺 (4)
永福寺 (5)
地蔵像(上の写真)は昭和58年(1983年)の造立。もう一体はまだ新しそうだ。六道能化とある。

六道能化とは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つのそれぞれの世界で、地蔵尊が苦しむ衆生を救ってくれるという信仰。寺院入口(山門付近など)や墓地入口などに、六地蔵が置かれるのはそういう理由から。


前橋市上佐鳥町の佐鳥山西光寺。

西光寺 (1)
西光寺は弘仁年間(810~24年)法相宗の僧・徳一の開基。法相宗は中国・唐代創始の大乗仏教宗派の一つ。現在では奈良の興福寺、薬師寺がこの宗派。その後、応安3年(1370年)に天台宗に改宗。この時の村雄法印を中興としている。

西光寺 (2)
西光寺 (3)
本堂は天保15年(1845年)火災により焼失、安政5年(1860年)に再建されている。現在の本堂は平成14年(2002年)の建立。本堂には本尊の阿弥陀如来像を祀る。天保の火災時も本尊は被災を免れている。

西光寺 (4)
左から毘沙門天、弁財天、大黒天。

西光寺 (5)
西光寺 (6)
観音像(上)と地蔵像(下)。地蔵像に六道能化と書かれているが、これは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つのそれぞれの世界で、地蔵尊が苦しむ衆生を救ってくれるという信仰。寺院入口(山門付近など)や墓地入口などに地蔵像が6つ置かれるのは、そういう理由から。


西光寺 (7)
伝教大師(最澄)像。平成3年(1991年)の造立。

西光寺 (8)
上川淵小発祥の碑。昭和57年(1982年)の建碑。安政年間(1855~60年)から寺子屋が置かれ、明治7年(1874年)に春日学校(上川淵小の前身)となっている。現在の上川淵小は東隣りの朝倉町にある。


前橋市(旧郡部を除く)

前橋市橳島町・飯玉神社
前橋市六供町・八幡宮
前橋市小相木町・富士浅間神社
前橋市箱田町・菅原神社
前橋市箱田町・教行山常円寺
かつぎ地蔵祭り ー前橋市箱田町・観音堂ー
前橋市川曲町・諏訪神社
前橋市稲荷新田町・稲荷山西福寺
前橋市下新田町・八幡宮
前橋市上新田町・末風山福徳寺
前橋市上新田町のお地蔵さま
前橋市古市町・和尚塚の多宝塔
前橋市古市町・赤烏神社
前橋市石倉町・前橋ステーション跡
前橋市下石倉町・菅原神社
前橋市南町・水神社
前橋市高井町・神明宮
前橋市総社町高井・高福山観音寺
群馬県水力発電発祥の地 ー植野(総社)発電所跡ー
前橋市総社町・御霊神社
前橋市総社町・勘九郎地蔵
前橋市総社町・総社城南出口の子育て地蔵尊
前橋市総社町・野馬塚神明宮
前橋市総社町・野馬の不動尊
前橋市総社町・旧山賀酒造レンガ蔵
前橋市総社町・八坂神社
前橋市総社町・巣烏神社
前橋市元総社町・化粧薬師(縁切り薬師)
前橋市大友町・大友神社
前橋市大渡町・王守神社
前橋市大渡町・王山古墳
前橋市石倉町・神明宮
前橋市石倉町・石倉城址の碑
片腕地蔵(身代わり地蔵) ー林倉寺ー
前橋市荻窪町・荻窪神社
前橋市総社歴史資料館
前橋市総社町・立石諏訪神社
前橋市総社町・熊谷稲荷神社
総社町の総鎮守 -総社神明宮-
前橋市小屋原町・稲荷神社
八咫鏡を作った石凝姥命を祀る -鏡神社-
前橋市東大室町・大室神社
大室城本丸跡に鎮座 -大室神社-
大胡城主・牧野康成の開基 -湯清寺-
国定忠治の愛妾・お徳の旧家屋 -観昌寺 その2-
大室太郎の墓 -観昌寺-
笂井町の氏神様 -笂井近戸神社-
前橋市・稲荷新田の薬師さま
前橋市亀里町・阿内宿の石幢
軍神・岩佐直治中佐の墓 -松竹院-
室町時代の鰐口 -東福寺-
前橋市最古の六地蔵石幢 -正法寺-
前橋市上青梨子町・淡島神社
前橋市青梨子町・菅原神社
「関東の名工」小林源太郎の彫刻 -植野稲荷神社-
天狗岩用水開削時の丁間台 -丁間稲荷神社-
高須隼人の墓 -正幸寺 その2-
慈覚大師の創建 -禅養寺-
歴代前橋藩主の崇敬社 -山王日枝神社-
石造阿弥陀如来三尊像 -後閑円満寺-
前橋市上大島町・近戸神社
百番観音 -浄土院-
前橋市・公田の岩舟地蔵
前橋市・小島田の阿弥陀如来坐像
群馬県最古の供養碑 -小島田の供養碑-
前橋市・江木の宝塔
前橋市江木町・六所神社
津久井磯の遺徳碑 -隆興寺 その2-
前橋公園の「楫取素彦と松陰の短刀」銅像
旧普蔵寺供養塔 -最善寺 その2-
前橋市・今井神社古墳
前橋市・富田の宝塔
前橋市・正円寺古墳
上州七福神・福禄寿を祀る -正円寺-
前橋市・桂萱大塚古墳
前橋城の鬼門除け -早虎稲荷神社-
前橋市・片貝能満虚空蔵地蔵尊
片貝神社の太々神楽 -片貝神社-
平敦盛の供養塔 -泉蔵寺-
赤い御霊石伝説 -小石神社-
「おくまんさま」の三つ足八咫烏石 -前橋市・熊野神社-
佐藤垢石の碑
お沓の言い伝え -前橋市・上新田雷電神社-
前橋市・鳥羽の大日如来および笠塔婆
応永の宝塔 -大福寺-
青栁大師 -龍蔵寺-
石田玄圭の墓
養蚕神楽 -春日神社-
「生糸のまち前橋」の近代化遺産 -旧安田銀行担保倉庫-
前橋市出身の英霊を祀る -厩橋護国神社-
日本最初の製糸工場 -前橋製糸場跡-
楫取素彦・寿夫妻の発願 -清光寺-
筑波山信仰 -無量寿寺-
前橋市日輪寺町・菅原神社
十一面観音伝説 -日輪寺-
魚遊寺伝説 -乗明院-
伝教大師・最澄の創建 -善光寺-
意外と怖い長壁神 -長壁神社-
静御前のお墓??
酒井重忠の建立 -観民稲荷神社-
市街地の発電所 -柳原発電所-
御真影御里御坊 -妙安寺-
赤穂浪士・矢頭右衛門七の母の墓 -大蓮寺-
広瀬川 白く流れたり -広瀬川遊歩道-
徳川家康の8男・仙千代を祀る -正幸寺-
酒井忠世の開基 -隆興寺-
松平直矩の開基 -永寿寺-
新田義貞の首塚? -新田塚古墳-
新田義貞の首級を持ち帰った(?)「覚明」の墓 -宝禅寺-
神明宮の外宮? -前橋千代田・稲荷神社-
太田道灌の建立?? -前橋千代田・神明宮-
酒井重忠所縁の寺 -源英寺-
前橋公園の日本庭園
学校院若王子大明神 -御霊神社-
中臣羽鳥連の墓 -釈迦尊寺-
名馬「磨墨」の蹄がご神体 -駒形神社-
大坂戦籠城之図 -前橋文学館 その2-
萩原朔太郎記念・水と緑と誌のまち前橋文学館
前橋厄除け大師 -蓮華院-
総社神社の別当寺 -徳蔵寺-
上野国府跡? -宮鍋神社-
名馬・磨墨の墓 -祝昌寺-
前橋市・金冠塚古墳
前橋市・亀塚山古墳
前橋市・天神山古墳
前橋市・天川二子山古墳
前橋市総社町・遠見山古墳
前橋市総社町・愛宕山古墳
鎌倉坂伝説 -善勝寺-
酒井忠世家臣・本城氏の墓 -長昌寺-
初代前橋市長・下村善太郎の墓 -龍海院 その2-
7世紀末の大型円墳 -荒砥富士山古墳-
白鳳時代の大伽藍寺院跡 -山王廃寺跡-
松平(直基)家の崇敬社 -前橋東照宮-
復活のイエス -前橋聖マッテア教会-
群馬初のカトリック教会 -前橋カトリック教会-
群馬初の公会堂 -群馬会館-
昭和時代の群馬の顔 -群馬県庁昭和庁舎-
江戸時代の年貢貯蔵庫 -上泉郷蔵-
剣聖・上泉信綱の墓 -西林寺-
安産の神様と巨石群 -産泰神社-
石川氏の墓 -最善寺-
前橋・大室公園 その6 -旧関根家住宅-
前橋・大室公園 その5 -前二子古墳-
前橋・大室公園 その4 -中二子古墳-
前橋・大室公園 その3 -後二子古墳-
前橋・大室公園 その2 -小二子古墳-
前橋・大室公園 その1 -M・1号古墳-
赤城神社 その3 -二宮・赤城神社-
前橋・八幡山古墳
単層四脚の総門 -大徳寺-
常盤御前のお墓? -極楽寺-
静御前のお墓? -養行寺-
上野国の総鎮守 -総社神社-
初めて見たオリンピックのメダル -総合スポーツセンター・スポーツ資料館-
萩原朔太郎のお墓 -政淳寺-
岩神の飛石 -岩神稲荷神社-
お虎が淵伝説 -虎姫観音-
のんびり散策 その2 -敷島公園・ばら園-
のんびり散策 -敷島公園-
お艶のその後・・・ -お艶が岩/お艶観音-
淀君のお墓? -元景寺-
上毛野田道の墳墓? -蛇穴山古墳-
秋元氏歴代の墓所 -宝塔山古墳-
秋元氏の菩提寺 -光巌寺-
徳川譜代・酒井家の菩提寺 -龍海院-
明治時代の迎賓館 -臨江閣-
水道タンクと資料館 -前橋市水道資料館-
ネコも入りたがる記念館 -萩原朔太郎記念館-
あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-


前橋市橳島(ぬでじま)町の飯玉神社。

橳島飯玉神社 (1)
橳島飯玉神社 (2)
橳島飯玉神社の由緒は不詳。境内全体がシイの木の大木群で覆われ、鎮守の森の雰囲気。

橳島飯玉神社 (3)
橳島飯玉神社 (4)
橳島飯玉神社 (5)
社殿は大正元年(1912年)の建立。平成14年(2002年)に改築されている。

橳島飯玉神社 (6)
橳島飯玉神社 (7)
社殿左に御嶽塚。塚頂に御嶽山神社、三笠山神社、八海山神社の石碑。途中にも境内社の大國神社、火雷神社、倭文神社などの石祠や道祖神が置かれている。

中ほどにある「御即位紀念」に大正4年(1915年)とあるように見えたので、御嶽塚の造成や境内社の配置などは同年のことだと思う。

橳島飯玉神社 (8)
弥功霊神、通称「こんどう様」。前橋藩の役人・近藤弥市を祀ったもの。天保の大飢饉(1836年ころから数年)による凶作で、橳島村は大被害を受けた。その対応にあたったのが近藤弥市で、安政元年(1854年)まで村の復興の世話をした。

村人はその遺徳を偲び、文久3年(1863年)に弥功霊神として祀ったもの。昭和31年(1956年)に飯玉神社境内に遷っている。

前橋市六供町の八幡宮。

六供八幡宮 (1)
六供八幡宮 (2)
六供八幡宮は大同3年(808年)に当地の守護神として勧請されたと伝わる。

一の鳥居は平成29年(2017年)の建立。それまでの一の鳥居は平成4年(1992年)の建立だが、平成22年(2010年)には腐食のため撤去されている。木製の鳥居って、意外と寿命が短いのね。

六供八幡宮 (3)
鳥居横には秋葉大神(右)と大黒天(左の祠)。

六供八幡宮 (4)
六供八幡宮 (5)
二の鳥居(石鳥居)は昭和天皇即位記念のようだ。と言うことは昭和初期の建立。

六供八幡宮 (6)
六供八幡宮 (7)
六供八幡宮 (8)
社殿は明治4年(1871年)の建立。昭和初期の改築・修築に続き、昭和40年(1965年)に屋根を銅板葺に改築。

六供八幡宮 (9)
六供八幡宮 (10)
六供八幡宮 (11)
境内社の厳島神社。慶長16年(1611年)の勧請とされる。弁天池もあるが、現在は空池の状態。

六供八幡宮 (12)
六供八幡宮 (13)
境内社の飯玉社、雷電社、神明社、菅原社など。

六供八幡宮 (14)
御嶽山神社、三笠山神社、八海山神社。

六供八幡宮 (15)
庚申塔や二十三夜講塔など。

六供八幡宮 (16)
境内の力石。28貫(約105kg)、55貫(約206kg)など3個ある。大正9年(1920年)の力だめし大会では、六供村(当時は前橋市の大字)の方が55貫を持上げた記録が残っているという。


中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村

中之条町
中之条町・北向三十三番観世音
若山牧水の歌碑 -旧大岩学校-
僧・空閑の墓
明治時代の小学校建築 -旧五反田学校-
伊勢の森 -中之条町・伊勢神宮-
小渕恵三元首相の銅像 -中之条町ツインプラザ-
中之条町・桃瀬の水牢跡
妙全杉 -龍沢寺-
日本国道最高地点 -国道292号渋峠付近-
小渕恵三元首相の墓 -林昌寺-
観音を巨木が囲む清見寺 -清見寺-
中之条祇園の絵馬 -稲荷石稲荷神社-
南北朝期の宝篋印塔 -宗本寺-
日本武尊を祀る その2 -吾嬬神社-
第四十五番の金銅善光寺三尊仏 -善福寺-
明治時代の旅人宿 -白井屋-
通称「カクイチ」 -町田家住宅-
嵩山を祀る里宮 -吾妻神社-
日本最古の養蚕農家住宅 -冨澤家住宅-
眠る男??? -伊参スタジオ公園-
嵩山(たけやま)が御神体 -親都神社-
中之条のシンボル -嵩山(たけやま)-
見事なまでの廃れっぷり -薬王園-
変化する水面(みなも) -四万川ダム/奥四万湖-
病魔退散の薬王水 -薬王寺-
四万温泉・日向見薬師堂
水量が多くて良く見えませんでした -四万の甌穴-
中之条町・歴史と民俗の博物館Musee(ミュゼ)


長野原町
浅間山天明の大噴火の供養石地蔵 -雲林寺-
現在も残る草軽電鉄の駅舎 -北軽井沢駅舎-
北軽の滝 -浅間大滝 & 魚止めの滝-
八ッ場ダム広報センター -やんば館-
火山について楽しく学べる? -浅間火山博物館-


草津町
草津温泉・伊勢宇橋の碑
草津温泉・泣き燈籠
エメラルドグリーンの酸性湖 -草津白根山・湯釜-
草津温泉・白旗源泉と頼朝宮
平九塚と皇大神宮
木曽義仲の「残党」の伝説 -武具脱の池-
草津温泉の碑 その3
草津温泉の碑 その2
草津温泉の碑
草津ビジターセンター
草津温泉・西の河原公園   
芸術家ねぇ~(笑) -片岡鶴太郎美術館-
日本相撲協会・草津相撲研修道場
日本武尊を祀る -白根神社-
酸性河川の中和施設 -草津中和工場-
草津温泉の動物園 -草津熱帯園-
日本温泉三大薬師 -光泉寺-
草津温泉の学習 -草津温泉資料館-
草津の恩人・ベルツ博士 -ベルツ記念館-
イチロー・松井の実使用品を展示 -ベースボールスター博物館-


嬬恋村
埋没した寺院 -延命寺跡-
生死を分けた15段 -鎌原観音堂-
嬬恋郷土資料館


東吾妻町
東吾妻町・萩生浅間神社
源頼朝も参拝 -須賀尾諏訪神社-
東吾妻町・佐奈神社
源義家が戦勝祈願 -一宮神社-
東吾妻町・五町田三島神社
東吾妻町・松谷神社
真田信利寄進の鳥居 -川戸浅間神社-
岩櫃城主・斎藤憲行の創建 -岩井白山神社-
鹿島のご神水 -植栗鹿島宮-
富豪・加部安左衛門寄進の石灯籠 -畔宇治神社-
源頼義・頼朝も参拝した古社 -吉岡神社-
東吾妻町・平五良観音の大杉
東吾妻町・四戸の古墳群
東吾妻町・行沢の木造馬頭観音立像
東吾妻町・新巻菅原神社
東吾妻町・岩井の背高地蔵
東吾妻町・三島鳥頭神社
神代杉 -矢倉鳥頭神社-
東吾妻町・福聚山応永寺
東吾妻町・太田神社
東吾妻町・へそ岩
東吾妻町・小泉白鳥神社
東吾妻町・奥田白鳥神社
東吾妻町・柏原の宝篋印塔
代官・岡上景親の創建 -岩久保観音堂-
岡上生祠 -岡崎榛名神社-
ハート形土偶出土地
東吾妻町・大宮巌鼓神社
茅葺の本堂 -長徳寺-
富豪・加部安左衛門の屋敷跡 -大運寺-
吾妻太郎行盛の首級を祀る -川戸神社-
斎藤憲広の怨念? 善導寺の怪火 -東吾妻町・善導寺-
武田勝頼の御殿を移築? -顕徳寺-
吾妻太郎行盛の墓 -長福寺-
日本名水百選「箱島湧水」
未来のエネルギー? -吾妻バイオパワー-
東吾妻町・甲波宿禰神社
澄んだ水とは裏腹に・・・ -水牢跡-
残念ながら枯死寸前 -原町の大ケヤキ-
日本武尊が植えた? -神代杉-
苦労して登ったわりには・・・ -仙人窟-
国定忠治終焉の地 その3 -とまどいの松-
国定忠治終焉の地 その2 -処刑場跡-
国定忠治終焉の地 -大戸関所跡-


高山村
高山村・なぎなた坂の歌碑
高山村「田んぼアート2021」は鳳凰
高山村「田んぼアート2020」は妖怪・アマビエ
高山村「田んぼアート」2019
高山村「田んぼアート」2018
高山村「田んぼアート」2017
立派な天文台だ! -ぐんま天文台-
「ぐんまちゃんと」と「くまモン」 -高山村・田んぼアート-
県内最古の教会建築 -名久多教会-
三国街道中山宿
北向観世音 -福蔵寺-
藤原秀郷(俵藤太)が戦勝祈願に植えた杉 -中山三島神社-
高山村・中山敷石住居跡
源頼朝が植えた高野槇 -泉龍寺-
歌人若山牧水 ここに休む -高山村・牧水歌碑-
甦るヨーロッパの古城 その3 -ロックハート城-
甦るヨーロッパの古城 その2 -ロックハート城-
甦るヨーロッパの古城 -ロックハート城-


吾妻郡高山村中山のなぎなた坂の歌碑。

なぎなた坂 (1)
なぎなた坂の歌碑は昭和9年(1934年)の建碑。三国街道(旧道)のなぎなた坂の中腹にあったものを、現在の県道36号沿いに遷している。

なぎなた坂 (2)
記されているのは道興の「杖をだに重しといとふ山超えて 薙刀坂を手婦理(手振り)にぞゆく」。

道興は関白・近衛房嗣の子。幼少期に出家し僧侶となっている。寛正6年(1465年)に「准后」宣下を受けたことから道興准后と呼ばれる。聖護院の門跡であったことから、末寺の掌握のため文明18年(1486年)から東国を巡廻している。

その際に中山峠を通り鎌倉に向かう途中、当地で詠んだ歌である。

なぎなた坂 (3)
歌碑の隣には山神宮の石宮がある。歌碑との関連性は不明。


吾妻郡高山村中山の田んぼアート。

田んぼアート
今年は「鳳凰」と「鳳」(おおとり)の文字。

パッと見、鳳凰はちょっと分かりづらいのだが、両翼を広げ複数の長い尾をたなびかせている。手塚治虫の「火の鳥」を思わせる。特に尾の形状はよく似ている。

鳳凰は霊鳥とされ、霊力を持ち瑞祥をもたらすと言われる。昨年来のコロナ禍にあって、昨年のアマビエに続き新型コロナ終息を願ってのもの。
(「高山村『田んぼアート2020』は妖怪・アマビエ

そばいなり
道の駅・中山盆地にでは、最近のマイブーム・そばいなりを購入。これはオアシズの大久保佳代子が、ある番組で紹介していたのを観てから買うようになった。

いつも買っている梅干しは今回はパス。7月に買ったばかりなのと、友人(ゴルフ仲間のKさん)からもいただいたので。


前橋市小相木町の富士浅間神社。

富士浅間神社 (1)
小相木富士浅間神社の創建は、群馬郡誌(大正14年/1925年)によると景雲3年とされる。ただ、景雲は中国・唐の元号で、日本で同じような元号は神護景雲があるが。ちなみに神護景雲だと3年は769年。

境内入口にあった史跡標柱には、慶長7年(1602年)に御師が活動の拠点として創建したとある。御師とは社寺へ参詣者を案内し、参拝・宿泊などの世話をする人(僧など)のことである。

群馬郡誌の記載内容はちょっと怪しいかな。

富士浅間神社 (2)
社殿前の灯籠(手前)は昭和50年(1975年)、奥側は嘉永4年(1851年)の奉納。

富士浅間神社 (3)
富士浅間神社 (4)
社殿は昭和14年(1939年)の建立。社殿前の狛犬も同年の奉納。

小相木富士浅間神社は利根川の氾濫のため、数度の移転を経て昭和14年に現在地に遷座している。そのため社殿などはみな同年の建立である。

富士浅間神社 (5)
富士浅間神社 (6)
境内社・末社。詳細は分からない。

富士浅間神社 (7)
富士浅間神社 (8)
猿田彦神が数多く並ぶ。地区内からの集積と思われる。

中世に猿田彦神は庚申信仰や道祖神と結びついている。今でも路傍に「猿田彦大神」などと刻された石碑(塔)を多く見かけるのは、そういう理由からである。


前橋市箱田町の菅原神社。

箱田菅原神社 (1)
箱田菅原神社 (2)
箱田菅原神社の由緒は不詳。鳥居は平成15年(2003年)の建立。

箱田菅原神社 (3)
箱田菅原神社 (4)
社殿の建立年などは不明。主祭神はもちろん菅原道真だが、脇祭神として天穂日命(あめのほひ)を祀っている。天穂日命は農業、養蚕の神としても信仰されている。

箱田菅原神社 (5)
社殿前の寒紅梅。菅原道真と言えば梅なので、良い組合わせだ。

箱田菅原神社 (6)
境内には椿も植樹されている。

箱田菅原神社 (7)
箱田菅原神社 (8)
境内社や双体道祖神。双体道祖神には享保12年(1727年)(右)、元文5年(1740年)(左)の紀年銘がある。

ところで、写真を見て気付いたのだが(現場では気付かず)、1枚目の鳥居の写真の下側に1対の石造物がある。左右にあり「東大橋」(左)「あずまおおはし」(右)と読める。滝川に架かる東大橋の旧橋の橋名板を移築したものかな?


前橋市箱田町の教行山常円寺。

常円寺 (1)
常円寺の由緒は不詳。

常円寺 (2)
常円寺 (3)
常円寺 (4)
参道の六地蔵と二十二夜講塔(如意輪観音)。二十二夜塔には文政6年(1823年)の銘がある。

常円寺 (5)
百八十八番供養塔。平成9年(1997年)の造立。檀徒及び有志が一致協力し、秩父34霊場、西国33霊場など188霊場を巡拝した記念。

常円寺 (6)
常円寺 (7)
本堂には本尊の十一面観音を祀る。

常円寺 (8)
本堂前の庚申塔、大日如来像、八十八番供養塔。

常円寺 (9)
常円寺には明治7年(1874年)に箱田学校が置かれている。現在の前橋市立東小の前身となる。明治18年(1885年)まで東地区教育の基礎を築いている。


前橋市箱田町の観音堂。

箱田観音堂 (1)
箱田観音堂の由緒は不詳。隣接する墓地や僧侶の墓らしき墓石などから、以前はお寺だったのではないかと思われる。

箱田観音堂 (2)
お堂前には女人講(二十二夜講)の如意輪観音塔。弘化2年(1846年)の造立。

箱田観音堂 (3)
百番供養塔(両側の2基)と六十六部供養塔(中央)。紀年銘はそれぞれ文化2年(1805年)、明和5年(1768年)、文政元年(1818年)。

箱田観音堂 (4)
箱田観音堂 (5)
観音堂というので観音菩薩を祀っているのだと思うが、如何せん真っ暗で中ははっきりせず。写真に写った範囲では手前に神輿、奥に仏像が見られる。

箱田観音堂 (6)
箱田観音堂 (7)
堂前には手作りの三重塔と手書きの観音様(だと思う)。地元の観音堂といった雰囲気を醸し出している。

観音堂には「かつぎ地蔵」が安置されている。箱田町と隣の後家町を中心に行われる「かつぎ地蔵祭り」の主役。今回訪問の主役もかつぎ地蔵(見えなかったが)。

子どもの幸福と健やかな成長を願って、子どもたちが和讃・念仏を唱えながらお地蔵さまが乗った台車を巡行させるもの。このお地蔵さま(かつぎ地蔵)は、正徳5年(1715年)後家村の宮大工・田村八兵衛が造立したとされている。

昭和32年(1957年)を最後に中断していたが、昭和58年(1983年)に復活している。

箱田観音堂 (8)
境内入口脇に高原智作先生の墓がある。お墓と言っても墓碑だと思うが。高原先生は大正末から昭和初期の旧前橋東小(当時は尋常小?)の校長先生。旧東小の教育発展に尽力された方らしい。在任中に亡くなり、その遺徳に報いるため村民が墓碑を建立している。


前橋市川曲町の諏訪神社。

川曲諏訪神社 (1)
川曲諏訪神社の由緒は不詳。明治40年(1907年)に村内の八坂神社や近郷の飯玉神社などを合祀している。

鳥居は平成28年(2016年)の建立。この年に境内整備、社殿修築などを併せて行っている。そのため境内は整然としており、非常にきれいだ。

川曲諏訪神社 (2)
川曲諏訪神社 (3)
社殿は明治43年(1910年)に群馬郡倉賀野町(現在高崎市倉賀野町)の三光寺稲荷神社から購入・移築したもの。三光寺稲荷神社は前年(明治42年)に倉賀野神社に合祀されている。拝殿には天井絵も施されており(見られなかったが)、玉村の絵師・千輝玉斎の作とされる。

川曲諏訪神社 (4)
川曲諏訪神社 (5)
拝殿の漆喰彫刻。唐獅子牡丹かな。

川曲諏訪神社 (6)
木鼻には狐の彫刻が施されており、稲荷神社であったことの名残を示す。

川曲諏訪神社 (7)
社殿裏の境内社(八坂社、稲荷社、飯玉社、琴平社など)。

川曲諏訪神社 (8)
川曲諏訪神社 (9)
鳥居横と社殿裏(2本)の計3本の立派な松の大木が神社を守護している。

ちなみに、倉賀野神社に合祀された三光寺稲荷神社の稲荷神だが、後に地元老人の夢枕に現れて「元の場所に戻りたい」と訴えたという。そのため地元の方々が寄付を募り、昭和11年(1936年)に元の場所に冠稲荷神社として再祀されている。

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