Tigerdreamの上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

カテゴリ: 群馬の博物館・資料館・テーマパーク


上州まったり紀行の中から「博物館・資料館・テーマパーク」に関するものをリスト化したもの。博物館・資料館は、展示が主目的のところが対象。(付属的に資料が展示してあるところは除く)


前橋市(旧郡部を除く)

前橋文学館 その2
水と緑と誌のまち前橋文学館
総合スポーツセンター・スポーツ資料館
前橋市水道資料館
萩原朔太郎記念館
前橋蚕糸記念館


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

粕川歴史民俗資料館
赤城山総合観光案内所


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

華蔵寺公園遊園地
玉村町歴史資料館
伊勢崎市赤堀歴史民俗資料館
相川考古館


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

渋川市埋蔵文化財センター
群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館 その2
卯三郎こけし
おもちゃと人形 自動車博物館
群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館
群馬県埋蔵文化財調査センター(甲を着た古墳人)
渋川市赤城歴史資料館
榛東村耳飾り館
渋川市北橘歴史資料館


高崎市(旧郡部を除く)

群馬県立歴史博物館(企画展とテーマ展示)
群馬県立歴史博物館(リニューアル後)
群馬県立歴史博物館
高崎市美術館
中曽根康弘資料館
山徳記念館
洞窟観音
高崎市歴史民俗資料館
観音塚考古資料館
群馬県立歴史博物館


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

榛名公園ビジターセンター
高崎市榛名歴史民俗資料館
吉井郷土資料館
土屋文明記念文学館
日本絹の里
多胡碑記念館


安中市

世界乗物館(龍昌寺)
おぎのや資料館
碓氷峠鉄道文化むら
和宮資料館
旧碓氷郡役所
安中ふるさと学習館


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

富岡市郷土館
甘楽古代館(再訪)
群馬県立自然史博物館
岡部温故館
こんにゃく博物館
甘楽古代館
下仁田町ふるさとセンター歴史民俗資料館
甘楽町歴史民俗資料館


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

高山社情報館
藤岡市体験学習館MAG(マグ)
藤岡歴史館 その2
全国郷土玩具館
上野村森林科学館
神流町恐竜センター
地すべり資料館
藤岡歴史館


太田市(旧郡部を除く)

大隅俊平美術館
高山彦九郎記念館


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

藪塚本町歴史民俗資料館
ジャパンスネークセンター
三日月村
新田荘歴史資料館
縁切寺満徳寺資料館


桐生市

ぐんま昆虫の森
桐生が岡遊園地
桐生が岡動物園
桐生織物記念館
相澤忠洋記念館
桐生自動車博物館


みどり市

陶器と良寛書の館
富弘美術館
岩宿博物館
童謡ふるさと館
旧花輪小記念館
野口水車保存館
大間々博物館


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

大泉町文化むら・民俗資料館
大泉町文化むら・埋蔵文化財常設展示室
向井千秋記念 子ども科学館
館林市第1資料館
田山花袋記念文学館・館林市第2資料館


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

永井宿郷土館
猿ヶ京関所跡
名胡桃城址資料館
川場村歴史民俗資料館
生方記念資料館
奈良俣ダム・ヒルトップ奈良俣
雲越家住宅
奥利根民俗集古館
相俣ダム情報館
みなかみ町水上歴史民俗資料館
水紀行館
月夜野びーどろパーク
須川宿資料館
月夜野郷土歴史資料館
山岳資料館
茂左衛門資料館


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

ぐんま天文台
八ッ場ダム広報センター・やんば館
ロックハート城 その3
ロックハート城 その2
ロックハート城
草津ビジターセンター
片岡鶴太郎美術館
草津中和工場
草津熱帯園
草津温泉資料館
ベルツ記念館
ベースボールスター博物館
伊参スタジオ公園
薬王園
歴史と民俗の博物館Musee(ミュゼ)
嬬恋郷土資料館
浅間火山博物館
鬼押出し園

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渋川市北橘町真壁の渋川市北橘総合支所2Fにある渋川市埋蔵文化財センター。

渋川市埋蔵文化財センターは、平成25年(2013年)の開館。3部屋(展示室)の小規模なもの。オレが行った時は2部屋のみの展示だった(第3展示室は空っぽだった)。

渋川市埋蔵文化財センター (1)
第1展示室入り口前に、金井東裏遺跡から発見された「甲を着た古墳人」のレプリカが展示されている。

渋川市埋蔵文化財センター (2)
従来未公開だった浅田遺跡3号墳出土の鹿角装鉄剣が展示されていた。

渋川市埋蔵文化財センター (3)
渋川市埋蔵文化財センター (4)
同じく浅田3号墳から出土の鶏形埴輪と土器。

渋川市埋蔵文化財センター (5)
渋川市埋蔵文化財センター (6)
渋川市埋蔵文化財センター (7)
中ノ峯古墳出土の鉄刀など。

渋川市埋蔵文化財センター (8)
渋川市埋蔵文化財センター (9)
渋川市埋蔵文化財センター (10)
榛名山の噴火により埋没した中筋遺跡の復元模型と出土物。

渋川市埋蔵文化財センター (11)
渋川市埋蔵文化財センター (12)
同じく、榛名山の噴火により埋没した黒井峯遺跡の出土物。ちなみに、6世紀初頭の噴火で埋没したのが中筋遺跡で、6世紀中頃の噴火で埋没したのが黒井峯遺跡。

渋川市埋蔵文化財センター (13)
金井丸山古墳出土の鉄剣3振。

渋川市埋蔵文化財センター (14)
渋川市埋蔵文化財センター (15)
空沢遺跡の出土物。首飾りは46号墳。

市役所支所庁舎内のため、平日しか見学できないの難だが、渋川市内の貴重な出土品を見ることができる。オレは昼休み時間に行ってしまい、ちょっと迷惑を掛けた。でも、文化財保護課の職員さんが快く対応してくださり感謝。

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高崎市綿貫町の群馬県立歴史博物館。
今回は企画展「すごいぞ! 江戸の科学」を見に行った。

企画展 (1)
第96回企画展「すごいぞ! 江戸の科学」は、地図・天文暦学・和算の発展に寄与した江戸時代の科学者たちの人物像とその功績を、肖像画や屏風・古地図などの様々な資料を通して紹介している。

実は、この企画展に知り合いのご先祖さまの遺物が出展・展示されているのだ。その方は江戸末から明治初年の人で、和算の大家にして大数学者。多数の門弟を持ち、自身や門弟が神社などに多数の算額を奉納している。

企画展 (2)
展示されているのは象限儀(展示No90)。測量機器で、円の4分の1の扇形をしており、これに望遠鏡をつけ天体を観測しながら現在地の緯度を割りだすもの。江戸時代の物なので木製。
*企画展は写真が撮れないので、象限儀は写ってないがパンフの写真でご勘弁を

テーマ展示 (1)
入ったついでに常設展展示も一廻り。最後のテーマ展示「塚廻りの埴輪 -小古墳群の美しき埴輪世界-」に興味を引かれた。塚廻り古墳群からは300体以上の埴輪が出土しており、その中の8体が展示されていた(すべて国の重文)。

テーマ展示 (2)
椅坐する男子。椅坐とは椅子に座り、足を降ろした姿勢のこと。帽子を被り籠手を着け、倭風太刀を備える。高さ82.3cm。塚廻り3号墳出土。

テーマ展示 (3)
椅坐する女子。腰に鈴鹿が身を着け、魔除けの鋸歯文を描いた太帯と襷を身につけている。巫女と考えられる。高さ68.9cm。塚廻り3号墳出土。

テーマ展示 (4)
椅坐する男子。首には玉飾り、袴には朱門の水玉文様。高さ64cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (5)
跪坐する男子。跪坐とは正坐姿勢のこと。籠手と腕輪を着け、太刀を帯びている。高さ49.4cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (6)
太刀を持つ女子。鋸歯文様の袈裟襷を掛け、右手に太刀を持つ。高さ78.7cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (7)
坏を持つ女子。首飾りは勾玉が多数付いている。高さ76.4cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (8)
右手を挙げる男子。帽子を被り腰紐のみのシンプルな衣装。馬子と考えられる。高さ76.6cm。塚廻り4号墳出土。

テーマ展示 (9)
飾り馬。鞍、輪鐙、手綱を付け、鈴付胸がい、杏葉も。高さ70cm。塚廻り4号墳出土。

「企画展」を見に行って、ついでの「テーマ展示」で塚廻り古墳群出土の埴輪が見られたのはラッキーだった。

関連
 「太田市・塚廻り古墳群第4号古墳

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富岡市妙義町上高田の富岡市郷土館。
妙義庁舎の敷地内にある。

富岡市郷土館 (1)
富岡市郷土館は平成28年(2016年)の開館。富岡市のHPを見ると、リニューアルオープンとあったので、以前から展示施設があったのかも。1Fは市内文化財のパネル展示と富岡製糸場関連、2Fは埋蔵文化財を年代別に展示している。

富岡市郷土館 (2)
富岡市郷土館 (3)
富岡市郷土館 (4)
遺跡の発掘パネルや富岡製糸場から出土した瓦など。1Fはちょっと残念感が漂いまくりで、余り期待しないで2Fへ。

富岡市郷土館 (5)
富岡市郷土館 (6)
富岡市郷土館 (7)
打って変わって2Fの出土遺物展示は、オレの興味・嗜好に合致! 縄文土器の「獣面把手」など興味をそそりまくり。

富岡市郷土館 (8)
富岡市郷土館 (9)
富岡市郷土館 (10)
古墳時代、古代・中世の遺物もまったく飽きずに見ることができた。余り広くはないけど、2Fは楽しかった。展示物が多いわけではないが、けっこうな時間居たと思う。

富岡市が「これはすばらしい! という逸品を展示」「出土品の中から選りすぐりのものを展示」と書くだけはあると思った。1Fをもう少しどうにかしてくれると何回も行くと思う(無料なので)。

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渋川市北橘町下箱田の群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館。
渋川市の金井東裏遺跡より出土した3号人骨(首飾りの古墳人)の実物大レプリカが3月に完成し、3月18日~4月29日まで公開された。

首飾りの古墳人 (1)
首飾りの古墳人 (2)
首飾りの古墳人 (3)
首飾りの古墳人 (4)
金井東裏遺跡から「甲(よろい)を着た古墳人」とともに出土した首飾りをした女性人骨のレプリカ。6世紀の榛名山の噴火による火砕流で犠牲になった成人女性のものと見られる。青い管玉とガラス玉の首飾りをした状態で見つかった。推定身長は143cm。

甲を着た古墳人 (1)
甲を着た古墳人 (2)
甲を着た古墳人 (3)
「甲を着た古墳人」の実物大のレプリカもあった。平成25年(2013年)に実物を見にきたが、甲と人骨はその後切り離されたのでレプリカとして残されている。

2号甲 (1)
2号甲 (2)
「甲を着た古墳人」から西に1.5mほど離れた場所で見つかった「2号甲」のレプリカ。火砕流に晒され土中に埋もれていたため鉄さびの塊のようになってしまっている。小札(こざね)と革ひもを用いて作られた小札甲。

所々に小札の輪郭や革ひもの痕跡が残っていると言うが、オレには分からなかった(レプリカの上に置いてあるのが小札)。

関連
 「甲(よろい)を着た古墳人 -群馬県埋蔵文化財調査センター-
 「群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館

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高崎市綿貫町の群馬の森内にある群馬県立歴史博物館。平成23年(2011年)に展示中の重要文化財に水滴が落ち、展示物に被害を与えたことで改修が決定。改修中の休館を経て平成28年(2016年)プレオープン。翌平成29年(2017年)、本格的なリニューアルオープン。

リニューアル後、群馬の森には何回も行っているけど、歴史博物館には足が向かなかった。理由は駐車場に車が多く混んでいそうだったから。いつでも来れると思うと後回しになる。

県立歴史博物館 (1)
入場料金は300円。以前は200円だったような気がする。企画展をやっているときなどは高くなる。行った時は「織田信長と上野国」という企画展をやっていたので、そっちも見ると600円。

常設展示の最初は「東国古墳文化」。観音山古墳の出土物を中心に展示。
県立歴史博物館 (2)
県立歴史博物館 (3)
県立歴史博物館 (4)
県立歴史博物館 (5)
県立歴史博物館 (6)
県立歴史博物館 (7)
県立歴史博物館 (8)
県立歴史博物館 (9)
県立歴史博物館 (10)
県立歴史博物館 (11)
県立歴史博物館 (12)
観音山古墳は未盗掘で様々な副葬品が出土し、その多くが国の重文になっている。オレ的にはこの部屋だけで充分に元が取れるくらい。何時間でもいられると思った。

後は以前のように年代別の展示。そんなに目新しい物はないような感じだったが、上野三碑の実物大のレプリカがあった(なぜか山上多重塔も)。

常設第2展示室は「原始」。
県立歴史博物館 (13)
県立歴史博物館 (14)
県立歴史博物館 (15)
県立歴史博物館 (16)
県立歴史博物館 (17)
県立歴史博物館 (18)
原始時代はやっぱり岩宿遺跡の出土品や縄文土器など。縄文土器はいつ見ても美しい。オレの好み。

常設第3展示室は「古代」。
県立歴史博物館 (19)
県立歴史博物館 (20)
県立歴史博物館 (21)
県立歴史博物館 (22)
県立歴史博物館 (23)
県立歴史博物館 (24)
県立歴史博物館 (25)
古代編は古墳からの出土物、上野三碑のレプリカなど。上野国分寺や山王廃寺(放光寺)関連など。

常設第4展示室は「中世」。
県立歴史博物館 (26)
県立歴史博物館 (27)
県立歴史博物館 (28)
県立歴史博物館 (29)
県立歴史博物館 (30)
中世編は新田氏関連や戦国時代ものが多い。大田市世良田町・総持寺蔵の新田義貞木像の実物が展示されていた。これはうれしい。井伊直政の赤備え(兜、甲冑、軍配)もあった。

常設第5展示室は「近世」。第6は「近現代」。
県立歴史博物館 (31)
県立歴史博物館 (32)
近世辺りから、途端にオレの興味が薄れてくる。倉賀野宿の模型があったがチラ見程度。近現代は富岡製糸場や定番のスバル360。

テーマ展示で「明智光秀の源流 沼田藩土岐家の中世文書」をやっていた。
県立歴史博物館 (33)
あんまり興味を引く物はなかったが、足利尊氏の書状。

県立歴史博物館 (34)
企画展「織田信長と上野国」に関しては、オレ的にはまったくの外れ。だいたいタイトルに偽りありだな。信長と言うよりは「織田家」及び織田家臣団。

以前も観音山古墳の出土品は多く展示されていたがレプリカが多かったように思う。今回は実物が多く展示されており、しかもほぼ1室を使って展示されており大満足。また、総持寺蔵の新田義貞木像が見られ、さらに満足。これだけで満腹。今回、企画展見学も含め約1時間いたんだけど、最初の「東国古墳文化展示室」に30分以上いた。係員もなかなか次に行かないなと思っていたかも(笑)。

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藤岡市高山の高山社情報館。

高山社情報館 (1)
高山社情報館は高山社跡が世界遺産に登録されたことを受け、平成28年(2016年)に開館した。

高山社情報館 (2)
情報館前には高山長五郎の銅像が建っている。確か、以前は藤岡市役所の中庭にあったと思う。情報館の開館に伴い移転したんだと思う。

情報館では高山社の各種資料や藤岡地域の養蚕についてのパネル、養蚕道具・資料等を展示している。

高山社情報館 (3)
高山長五郎の人形。

高山社情報館 (4)
高山社蚕業学校の全景模型。

高山社情報館 (5)
高山社情報館 (6)
蚕や養蚕に関する説明パネル。

高山社情報館 (7)
高山社情報館 (8)
高山社蚕業学校の卒業証書と教員免状。

高山社情報館 (9)
高山社情報館 (10)
実際の養蚕道具。
下の写真の左の道具は「福島式桑刻機」。右は座繰り機。
(「福島式桑刻機を発明 -福島元七顕彰碑-」参照)

高山社跡自体は以前行っているので、今回は寄っていない。中に入れたかもしれないが、別にって感じなので・・・。
(「養蚕群馬の牽引者 -高山長五郎/高山社跡-」参照)

ついでに、高山長五郎のお墓は高山社のすぐ西(ちょっと山の中腹)の興禅院にある。
(「高山長五郎の墓 -興禅院-」参照)

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安中市安中(2丁目)の洞谷山龍昌寺。

過去2回紹介したが、2度目の訪問の際、境内に「世界乗物館」という小さいな建屋を見つけた。過去の訪問記は下記参照。
 「和合の鐘 -龍昌寺-
 「山田三川の墓 -龍昌寺 その2-

その際、境内に「世界乗物館」という小さいな建屋を見つけた。

世界乗物館(龍昌寺) (1)
世界乗物館(龍昌寺) (2)
恐る恐る入ってみた。確か「ご自由にお入りください」とあったような気がするが、定かではない。

世界乗物館(龍昌寺) (3)
世界乗物館(龍昌寺) (4)
世界乗物館(龍昌寺) (5)
大量のミニカーが並んでいた。かなりの数だ。
定番のスポーツカーからバスやトレーラーまである。

世界乗物館(龍昌寺) (6)
ポルシェ911。

世界乗物館(龍昌寺) (7)
ベンツのクラシックカー(SSKL)。

世界乗物館(龍昌寺) (8)
フェラーリテスタロッサ。

よく位置づけが分からない施設だが、個人的にはけっこう楽しめた。住職さんの趣味?


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伊勢崎市華蔵寺町の華蔵寺公園遊園地。

華蔵寺遊園地 (1)
華蔵寺遊園地 (2)
華蔵寺公園をブラブラしたついでに、遊園地を覗いて見た。入園料は無料で、遊具毎に料金を支払うシステム。料金は高くても350円(ジェットコースター)。

料金は70円券が基本なので、すべて70円の倍数設定。乗り物券に有効期限はないので、余っても次回に使えるという優しさ。さらには、大人も子どもも同料金。

華蔵寺遊園地 (3)
大観覧車。高さ70mの華蔵寺遊園地のランドマークタワー的な存在。かなり遠くからも見えるので、「あそこが華蔵寺公園か」と、いつも思う。280円。

華蔵寺遊園地 (4)
メリーゴーランド。70円。

華蔵寺遊園地 (5)
ヘリタワー。140円。

華蔵寺遊園地 (6)
スカイファイター。70円。

華蔵寺遊園地 (7)
小型の乗り物。これは現金で50円(だったと思う)。

これ以外にも、豆汽車、、マジカルグライダー、3Dシアターなど、幼児から楽しめる。小さい子どもさんを連れた親子連れが多かった。

ジェットコースターと急流すべり(スペースストリーム)は、道の反対側にあるので見そびれた。

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吾妻郡高山村中山のぐんま天文台。

ぐんま天文台 (1)
ぐんま天文台は平成5年(1993年)に群馬県の人口が200万人に達したこと、及び平成6年(1994年)に日本初の女性宇宙飛行士・向井千秋(館林市出身)が宇宙に飛び立ったことなどを記念して天文台建設が計画され、平成11年(1999年)にオープンした。

ぐんま天文台 (2)
ぐんま天文台 (3)
屋上に設置された口径30cmの望遠鏡を太陽に向け、その光を展示室の直径約1mの投影板に映している。(上の写真の円柱の台)ゴミのようにも見えるが、太陽の黒点がはっきり見える。また、プロミネンスも見ることができる。(当然のことながら、晴れている昼間しか見られない)

ぐんま天文台 (4)
150cmの反射望遠鏡。この望遠鏡は、目で直接覗くことができるものとしては世界最大クラス。係員の方が構造とか理屈を非常に丁寧に説明してくれた。ちょっと難しい。子ども心に戻って、星を見たくなった。

ぐんま天文台 (5)
大きくて全体写真がうまく撮れなかったので、ぐんま天文台HPから写真を拝借。

ぐんま天文台 (6)
65cm反射望遠鏡。150cm反射望遠鏡に比べ鏡が小さいため集光力は劣るが、視野は広いという利点がある。

ぐんま天文台 (7)
小惑星探査機「はやぶさ」の回収カプセルのレプリカ(実物大モデル)。これは株式会社IHIエアロスペース社が群馬県に寄贈してくれたもの。

ぐんま天文台 (8)
ぐんま天文台 (9)
天文台本館前広場には、英国の古代遺跡ストーンヘンジに似たストーンサークルと18世紀のインドの天体観測施設ジャンタル・マンタルが再現されており、実際に太陽や月・星の動きを観察できる。

その名の通り天文台なので、天体観望や天体観察会などの実際の観測体験を行うことが主眼のため、オレのように施設見学だけで行くよりは、やっぱり月や星の観測体験も兼ねて行くべきだ。

実は小学生高学年だったか中学生の頃、本気で天体望遠鏡を買おうかと思ったこともあるくらい、天文って好きだったんだよね。(諸般の事情で買わなかったけど。買えなかったかな)その頃に、こんな立派な天文台があったら違っていたかもね。

ぐんま天文台 (10)
ところで、天文台へは駐車場から約600m(標高差60m)の遊歩道という名の階段(522段!)を登って行かなくてはならない。10~15分程度だけど、けっこう大変。ただ、標高も高いし山の上なので、風が涼しく助かった。

ぐんま天文台 (11)
さらにはクマの目撃情報もあるようで、熊に出会ってしまった時の注意事項が書いてあった。遊歩道入り口には、クマよけの鈴も置いてあった。

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高崎市榛名湖町の榛名公園ビジターセンター。

榛名ビジターセンター (1)
榛名公園ビジターセンターは、動植物や地質の面から、榛名山の成り立ちや現在の様子を知ることができる施設。展示スペースは広くはないが、ちょっとした展示物がある。

榛名ビジターセンター (2)
榛名ビジターセンター (3)
榛名ビジターセンター (4)
榛名ビジターセンター (5)
榛名ビジターセンター (6)
やっぱりクマが目立つね。

榛名ビジターセンター (7)
売店(ロッジ)が併設されていて、軽食を取れお土産も買える。ロッジの目の前は榛名湖。景観は非常に良い。

この日もロッジにはそれなりに人がいたが、展示を見てる人はいなかった。まあ、こういう展示を見る人は少ないのでしょうがないか。

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北群馬郡榛東村長岡の卯三郎こけし。

卯三郎こけし (1)
卯三郎こけし (2)
卯三郎こけしの創業者天岡本卯三郎は、大正6年(1917年)榛東村に生まれ、昭和25年(1950年)よりこけし創りを手がけている。そして昭和54年(1979年)現在地に近代化も導入した工房を新設。(現在は2代目卯三郎)

ろくろ技術の製法に加えて、特殊機械の技法を取り入れ、筆による絵付けに彫刻や焼き絵を融合させるなど、新たな作風を開拓。立体感を表現できる焼き絵は卯三郎考案の新技法。

館内に「創作こけし工芸館」があり、卯三郎こけしや県内こけし作家のコンクール大臣賞受賞作品など、約1000点を展示している。

卯三郎こけし (3)
卯三郎こけし (4)
卯三郎こけし (5)
卯三郎こけし (6)
卯三郎こけし (7)
創作こけしだからか、イメージするこけしとはちょっと違い、ほのぼのと言うか、温かみがあると言うか。

卯三郎こけしは近代こけしと呼ばれているようで、おかっぱ頭の童女が多い。これは柔軟性の象徴なのだそうだ。(伝統的な丸い頭のこけしは、主に東北地方で作られている)

帰りにお土産でもと思ったが、意外と値段がはるのね。手ごろなのは思いっきりちっちゃいし・・・。ちょっと手が出ず。

こけしの絵付け体験もできるので(15人以下なら予約不要)、時間があればやってみたかったかなと。(コースが3つあり、最長で2時間くらいかかるらしい)

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北群馬郡吉岡町上野田のおもちゃと人形 自動車博物館。
伊香保とついているが、実際は吉岡町にある。

おもちゃと人形 自動車博物館 (1)
おもちゃと人形 自動車博物館 (2)
平成6年(1994年)の開館。公的な補助を受けていない私設の博物館。(自動車博物館は平成16年(2004年)の開館)

おもちゃと人形 自動車博物館という名前から、ある程度の内容は想像できるのだが、名前以上に多種多様・バラエティー豊かな博物館。

おもちゃと人形、自動車以外にも、テディベア博物館、駄菓子屋横丁、昭和スターロマン館、リス園、農業林業王国、キッズワークランドなどどの年代でも楽しめるようになっている。

まずはテディベア博物館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (3)
世界各国のテディベアが大集合!ってところか。オレ的にはスルーだけどね。

駄菓子屋横丁。
おもちゃと人形 自動車博物館 (4)
おもちゃと人形 自動車博物館 (5)
昭和の街並みをリアルに再現。駄菓子屋も昔のまま。と言ってもオレはこういう駄菓子屋は知らない世代。うちの近所にはなかった・・・。

おもちゃと人形 自動車博物館 (6)
駄菓子屋の中に、まだ荒井注がいるドリフターズのパネルが(笑)。

おもちゃと人形 自動車博物館 (7)
射的場もあった。ここは実際に射的ができる。子供たちが楽しそうに撃っていたけど、やっぱり的に当て倒すのはなかなか難しいようだ。でもハズレなしなので、何かしらもらえる。但し、もちろん有料だよ。

おもちゃと人形博物館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (8)
おもちゃと人形 自動車博物館 (9)
おもちゃと人形 自動車博物館 (10)
ブリキのおもちゃやキューピー人形など。写真はないけど、ひな人形(これもけっこう古いもの)もあった。

おもちゃと人形 自動車博物館 (11)
海外の人形もたくさんあったが、少し薄暗いところにあり、ちょっとコワい。実際泣いてる子どももいたぞ。

昭和スターロマン館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (12)
1980年代のアイドルのレコードジャケット800点、ポスター200点を展示。オレ的には、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」。ど真ん中のストライク!! 両となりは松田聖子と中森明菜だった。

自動車博物館。
おもちゃと人形 自動車博物館 (13)
おもちゃと人形 自動車博物館 (14)
おもちゃと人形 自動車博物館 (15)
往年の名車がずらり。
上から、トヨタ2000GT(1967年)、日産スカイラインGT-R(1972年)、日産フェアレディZ432(1972年)。

おもちゃと人形 自動車博物館 (16)
日本を代表する軽自動車・スバル360(1967年)もあった。

おもちゃと人形 自動車博物館 (17)
人気マンガ「頭文字(イニシャル)D」実写版映画で主人公の実家として使用された豆腐店も再現されていた。主人公の乗る「ハチロク」もある。モデルは渋川市にあった藤野屋豆腐店。

おもちゃと人形 自動車博物館 (18)
中庭のようなところには映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の鈴木オートのセットと、実際に使用されたミゼットとスーパーカブがあった。

まだまだいろいろあったが、この辺で。

いやぁ~、ものすごく楽しめた。
すべてが趣味・興味に合う訳ではないが、誰が行っても何がしか興味を持てるものが、必ずあると思う。オレ的には自動車博物館のみで、入館料の元が取れたくらくい良かった。

また、展示物が基本的にすべてその時代のものだということも飽きさせない理由かな。昭和の古き街並み・看板・店もほとんどが本物。もちろん往年の名車も、かなりの費用をかけてレストアしている。

展示物やディスプレイも常に手を加えているということろも、人気が長続きしている理由だと思う。

ただ、通路が狭いのと(これも狙いなんだろうけど)、順路が必ず売店内を通るので、買い物をしている人が多いと、とたんに渋滞状態になってしまうことかな。たしか売店は一般的なお土産、駄菓子、テディベアやキューピーなどを売っている店などがあったと思う。カフェもあったな。

おもちゃと人形 自動車博物館 (19)
最後に、お土産として買ってきたサザエさんケーキ。磯野家(フグタ家)の家系図がおもしろかったので(笑)。

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前回に引き続き、前橋市千代田的三丁目の前橋文学館。
ここに行った最大の理由は、「大坂戦籠城之図」を見るため。

大坂冬の陣 布陣図
4月24日の上毛新聞に、大坂冬の陣の武将配置を記した「大坂戦籠城之図」が展示されるという記事が載った。

旧前橋藩(松平大和守家)の藩士が、幕末の天保14年(1843年)に既存の絵図などを自らの筆で写したものらしい。大きさは約160cm×190cmで、大坂城の城郭や旗印が彩色して描かれ、武将名がびっしり書き込まれているという。

これは見に行くしかない!

さすがに実物の写真は撮れなかったけど、本当に武将が配置通り(?)にびっしり書かれていた。知ってる武将を見つけたり、名字と官職名だけだったりする武将はだれか?とか、見ているだけで楽しかった。

この絵図は旧前橋藩士のご子孫が保存していたもので、状態も非常に良く、貴重な資料である。

公開はGW(ゴールデンウィーク)期間中だけだが、本邦初公開の絵図をまじかで見られて興奮した。(公開日4月29日~5月6日)

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前橋市千代田町三丁目の前橋文学館。

前橋文学館 (1)
「萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち前橋文学館」は、前橋で最も美しい場所のひとつ、広瀬川河川緑地のほとりにある。(前橋市のHPから引用)
「水と緑と詩のまち」というのは前橋市のくキャッチフレーズらしい。

前橋文学館 (2)
前橋文学館 (3)
前橋文学館 (4)
広瀬川にかかる「朔太郎橋」をわたると、朔太郎がたたずんでいた。

前橋文学館 (5)
前橋文学館 (6)
前橋文学館 (7)
前橋文学館 (8)
朔太郎展示室には朔太郎直筆の原稿やノート、愛用品などを展示。

前橋文学館 (9)
前橋文学館 (10)
前橋文学館 (11)
近代文学展示室では平井晩村や伊藤信吉など前橋ゆかりの詩人や文学者を紹介している。とは言っても、ほとんど知らないけど・・・。

朔太郎は北原白秋に師事し、26歳のとき『夜汽車』他5編の詩で、中央文壇にデビュー。大正6年に処女詩集『月に吠える』で、一躍全国に名を知らしめ、その後も『青猫』『純情小曲集』『氷島』などを次々に発表。日本近代詩に不滅の金字塔を打ち立てた。

ところで、前橋文学館へ行ったのは別の理由があってのこと。それは次回で。

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藤岡市譲原の体験学習館MAG。

体験学習館MAG (1)
MAGは道の駅「上州おにし」内あり、陶芸や木工クラフトに挑戦できる体験工房や三波石の誕生を紹介した3D映像「緑の石の伝説」を上映しているMAGホールなどがある。

ここに行ったのは、体験学習に興味があるわけではもちろんなく、その一角に鬼石町から出土した遺品や三波石などを展示しているコーナーがあるから。それらを見に行った。

体験学習館MAG (2)
体験学習館MAG (3)
体験学習館MAG (4)
体験学習館MAG (5)
体験学習館MAG (6)
体験学習館MAG (7)
三波石や鏃、石斧縄文式土器、土偶などが展示されている。

体験学習館MAG (8)
近くの満福寺に伝わる「南蛮画」の原寸大写真。いずれも筆者は不明だが、画法は桃山時代の作と見られている。キリスト教布教やポルトガル貿易船などによりもたらされた西欧の風俗画を手本に、従来の日本画の材料を用いて描かれた南蛮画と呼ばれる絵画。(満福寺は次回紹介予定)

オレ的には、ここのメインは「南蛮画」の写真。はっきり言うと、これを見るためだけに行ったんだけどね。

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甘楽郡甘楽町大字白倉の甘楽古代館。

甘楽古代館には2011年に1度行ったんだけど、土日・祭日が休館日だって知らなくて(行ったのは土曜日)、見学できなかったんだよね。
(「土日・祭日は休館って・・・ -甘楽古代館-」参照)

まあ、平日にわざわざ行くこともないな、って感じだったんだけど、富岡市(甘楽町の隣)に行く用事があったことと、その後時間が空いたので寄ってみた。

甘楽古代館 (1)
甘楽古代館 (2)
木造倉庫建築を代表する東大寺の正倉院を思わせる外装(という振れ込み)。

甘楽古代館 (3)
甘楽古代館 (5)
甘楽古代館 (4)
甘楽古代館 (6)
甘楽古代館 (7)
旧石器時代(約1万年前)から鎌倉時代(約700年前)までの石器、土器や埴輪などの出土品が展示されている。

展示物もけっこう多く、それなりに見られた。

ただ、発掘した遺跡や古墳のほとんどは残ってないようだ。現在は、ゴルフ場、特養老人ホーム、福祉センター、体育館に陸上競技場などに、その姿を変えている。

まあ甘楽町に限ったことではないが、なかなか遺跡や古墳を残すのは、よほどのこと(世紀の大発見!)がないと、難しいということだね。

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太田市由良町の大隅俊平(としひら)美術館。

大隅俊平美術館 (1)
大隅俊平美術館 (2)
大隅俊平美術館 (3)
人間国宝・大隅俊平刀匠の功績を後世に伝えるため、平成24年(2012年)刀匠が住んでいた母屋を改修して開館した。

大隅俊平(本名は貞夫)氏は昭和7年(1932年)新田郡沢野村(現太田市)に生まれ、20歳のときに長野県の刀匠・宮入昭平氏に師事して作刀技術を学ぶ。昭和33年(1958年)独立し太田市に戻る。

「新作名刀展」で最高位の正宗賞3度受賞。平成9年(1997年)には日本刀の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されている。

平成21年(2009年)死去。享年77歳。

大隅俊平美術館 (4)
大隅俊平美術館 (5)
大隅俊平美術館 (6)
館内には、太刀等の作品だけではなく、刀匠が作刀に使用していた道具なども展示されている。

大隅俊平美術館 (8)
大隅俊平美術館 (9)
大隅俊平美術館 (10)
大隅俊平氏は日本刀の中でも乱れのない端正な刃文「直刃」を追求する刀鍛冶として知られ、近年では豪壮優美な3尺(約90cm)前後の大太刀制作に力を注いでいた。

この日は、初お披露目という大小刀(おおこがたな)を含む17点の刀剣が展示されていた。それにしても、日本刀というのはすっごく綺麗だ!

大隅俊平美術館 (11)
大隅俊平美術館 (12)
仕事場は窓越しの見学。正面に見えるのは火床(ほど)。昭和54年(1979年)から亡くなるまで、この仕事場で数々の名刀が作られた。

大隅俊平美術館 (13)
大隅俊平氏は庭いじりが好きだったというだけあって、立派な庭園である。

見学前に刀剣制作過程のビデオを観ることができ、多少の知識を持って見学することができる。

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桐生市新里町鶴ヶ谷のぐんま昆虫の森。

群馬昆虫の森 (1)
ぐんま昆虫の森は平成17年(2005年)のオープン。展示や観察会などの体験を通して、群馬の里山を再現したフィールドを楽しむ趣向。身近な自然の大切さ、素晴らしさ、野草や昆虫などの生き物の不思議さや生命の大切さに気づいたり、驚いたりできる。

フィールドは広く、なんと約45ha。その中に雑木林、小川、田んぼ、畑などのゾーンがある。まあ、とは言え、メインは昆虫観察館。

群馬昆虫の森 (2)
群馬昆虫の森 (3)
ドーム型の昆虫観察館は3階建てで、いろんな昆虫が展示されていた。

群馬昆虫の森 (4)
代表でカブトムシ。ただ、他の昆虫もみんなケース内で、ちょっと残念。まあ、広いフィールド(外)で実物を観察する趣向なのかなと。

群馬昆虫の森 (5)
群馬昆虫の森 (6)
群馬昆虫の森 (7)
昆虫観察館内の昆虫ふれあい温室。チョウをはじめとする昆虫、植物など、群馬県では見られない南方系の生物を見ることができる。

とは言え、チョウしか気づかなかった。チョウの種類は分かんない。入り口に資料があったので、見てから入った方がいいみたい。

ここでは、虫採り網と虫かごが自由に借りられ、これを持ってフィールドで実際に虫採りをすることができる。但し、採った昆虫は持ち帰れない。その場に放すのがルール。

45haのフィールドをむやみに歩いても、好みの昆虫が見つかる保証はないので、各種観察会や里山歩きなどのプログラムに参加するのが無難かな。

桐生市うちわ
最後に、昆虫の森でもらったうちわ。桐生市の名所・名産・名物が載っている。八木節踊り、桐生が丘動物園・遊園地、ソースかつ丼など。その中で「ひもかわ」ってうどんみたいなのは知らない。

調べてみたら幅の広い平麺(うどん)で、ソースかつ丼と並ぶ桐生地域の郷土料理らしい。今度行ったら食べてこよう!

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桐生市宮本町の桐生が岡遊園地。
前回の桐生が岡動物園の隣。

桐生が丘遊園地 (1)
桐生が丘遊園地 (2)
動物園同様に入園料は無料。もちろん中で遊具に乗るには個別に料金がかかる。でも、大型遊具が大人200円、子ども100円、小型乗り物50円とかなり安い。

いくつかアトラクションを紹介。

桐生が丘遊園地 (3)
桐生が丘遊園地 (4)
桐生が丘遊園地 (5)
桐生が丘遊園地 (6)
桐生が丘遊園地 (7)
上から、アドベンチャーシップ、スカイヘリ、観覧車、メリーゴーランド、サイクルモノレール。

園内のゲームコーナーのゲームは50円。安っ!

桐生が丘遊園地 (8)
入り口広場には、SL(C12)が展示されていた。

同じ広場に、観覧車のゴンドラがひとつ置いてあった。何っ?って思ったんだけど、写真は撮ってこなかった。帰ってきてから調べたら、「人のセックスを笑うな」という映画で、今や有名な松山ケンイチと蒼井優が乗ったゴンドラだって。

映画は2008年撮影で、観覧車は2010年にリニューアルされ、古いのは撤去されたけど、撮影に使われたゴンドラだけ記念に展示してあるらしい。

桐生が岡遊園地のHPで見られるよ。
 桐生が岡遊園地

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桐生市宮本町の桐生が岡動物園。

桐生が丘動物園 (1)
桐生が岡動物園は、1953年(昭和28年)の開園で、今年開園60年。入場料はなんと無料。桐生市が運営しており、県内唯一の公立動物園。

オレの定義では、ライオン、キリン、ゾウがいることが動物園としての必須事項(けっこう緩い定義)。さて、どんなもんかな?

おっ!いましたいました。

桐生が丘動物園 (2)
桐生が丘動物園 (3)
ライオンは雄雌各1頭ずつ。この日はちょっと暑かったので、ライオンも日陰から動かず、写真撮りづらかったけど。ちなみに名前は雄がユウ、雌がアイ。

桐生が丘動物園 (4)
ゾウのイズミ。推定57歳という高齢。「どうぶつ総選挙」で、昨年、今年と2連覇!やっぱりゾウは人気者だよね。

桐生が丘動物園 (5)
キリンは3頭いた。雄のコタロウ、雌のキサラギとキリカ。写真がどれかは分からない。今年の「どうぶつ総選挙」2位!

桐生が丘動物園 (6)
桐生が丘動物園 (7)
桐生が丘動物園 (8)
桐生が丘動物園 (9)
桐生が丘動物園 (10)
桐生が丘動物園 (11)
桐生が丘動物園 (12)
桐生が丘動物園 (13)
ペンギン、ニホンザル、クモザル、シカ、クジャク、七面鳥、リスザル、マントヒヒ。

桐生が丘動物園 (14)
園内には、小さい水族館もあった。

桐生が丘動物園 (15)
桐生が丘動物園 (16)
目を見張るようなものはいなかったが、定番のワニとピラニア。

無料なんていうと、たいした動物もいない小さな動物園かと思ったが、園内は確かに広くはないけど、意外に立派な動物園だった。なんと111種類もの動物が飼育されているというから驚きだ。

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前橋市粕川町膳の粕川歴史民俗資料館。

粕川歴史民俗資料館 (1)
粕川歴史民俗資料館は、赤城南麓地域を中心とした考古資料や民俗資料を展示している。建屋は旧粕川小学校の木造校舎の一部を利用して造られているらしいが、綺麗で立派に見える。

粕川歴史民俗資料館 (2)
大室古墳古墳群出土の難波などが展示されている。

行ったときは、企画展「前橋の群集墳」が開催中で、前橋の古墳から出土した様々な遺物が展示されていた。

粕川歴史民俗資料館 (3)
月田古墳群出土の須恵器類(蓋、坏、短顎壺)。

粕川歴史民俗資料館 (4)
11号墳(味気ないネーミングだ)出土の直刀2振。

粕川歴史民俗資料館 (5)
白藤古墳群V-2号古墳出土の剣、砥石、鉄鏃など。

粕川歴史民俗資料館 (6)
白藤古墳群A-1古墳出土の勾玉類。

粕川歴史民俗資料館 (7)
近戸古墳群4号墳出土の銅製の馬具(三鈴杏葉)。

このての資料館では定番の農工具・養蚕具も展示されている(写真はない)。

実は、粕川歴史民俗資料館に行ったのは4回目なんだよね。1回目、2回目はいずれも展示品入換え期間中で休館。3回目は火曜日に行ったら休館日だった(火曜が休館日だとは知らなかった)。で、今回4回目にしてやっと見学できたということ。

最初に行った時から、既に2年経過している。まあ、ちゃんと調べてから行けば、こんなことにはならなかったんだけど・・・。

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桐生市永楽町の桐生織物記念館。

織物記念館 (1)
新田義貞が鎌倉攻めの際に掲げた軍旗「中黒古旗」が復元され、展示されていると聞いたので再訪した。以前行ったのは、上毛かるた紀行「桐生は日本の機どころ」の1箇所として。

織物記念館 (2)
織物記念館 (3)
軍旗は縦310cm、横78cm。中央付近に新田氏の紋「大中黒」を示す太い帯が入っている。

義貞の軍旗は、元弘3年(1333年)鎌倉攻めで掲げられ、現在は金山の新田神社に伝わっている。生地は仁田山で織られた絹布を使ったとされる。

織物記念館 (4)
織物記念館 (5)
織物記念館 (6)
義貞の功績をまとめた資料も展示されていた。

義貞は元弘3年(1333年)生品神社で挙兵。鎌倉に攻め込む際に、太刀を稲村ケ崎に投げ入れ龍神に祈ると、塩が引いた逸話は有名である。義貞は挙兵からわずか14日で鎌倉を攻め落としている。

織物記念館 (7)
その後足利尊氏との争いで越前に落ち延び、建武5年/延元3年(1338年)灯明寺畷で不慮の死を遂げる。

来年(2014年)が仁田山の絹を朝廷に献上してから1300年の節目に当ることから、桐生織物協同組合が「織都千三百年企画」として、県繊維工業試験所の協力を得て製作・復元した。

*軍旗の展示は8月11日まで。

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藤岡市白石の藤岡歴史館。

7月13日~9月8日まで、ゼロ戦の設計主任として有名な堀越二郎に関する企画展「堀越二郎の軌跡」が開催されているので再訪した。
(以前の訪問は、「藤岡市・白石稲荷山古墳」参照)

藤岡歴史館 (1)
藤岡歴史館は平成16年(2004年)開館で、白石古墳群の中央部にある。もともとは白石古墳群(七輿山古墳、白石稲荷山古墳など)からの出土物を中心に展示している。

今年が日本航空技術100年、藤岡市出身の堀越二郎の生誕110年で、またスタジオ・ジブリ映画「風立ちぬ」で堀越二郎がモデルとして描かれていることから、映画の公開に合わせて企画展の開催となったようだ。

今回の展示は、遺族・親族より寄贈された初公開となる資料を中心に約200点が展示されている。

堀越二郎
堀越二郎は藤岡市の出身で、東京帝大から三菱内燃機製造(現、三菱重工業)に入社。戦前には七試艦上戦闘機、九試単座戦闘機(後の九六式艦上戦闘機)、戦時中は零式艦上戦闘機(ゼロ戦)、雷電、烈風など、後世に語り伝えられる名機の設計を手掛けた。

藤岡歴史館 (2)
「幻の戦闘機」烈風改の設計図。烈風改はゼロ戦の後継機として開発が進められていたが、試作機が完成する前に終戦を迎え「幻の戦闘機」となった。

平成17年(2005年)、堀越二郎の親戚宅(蔵)から約500点もの資料が見つかり、その中に烈風改の設計図があることが判明した。

戦後GHQ(連合国軍総司令部)によって日本の航空機開発は禁じられ、機体や資料も没収された。堀越はいつか再び航空機を造れる日を夢見て、親族の蔵に隠したのではないかと考えられる。

藤岡歴史館 (3)
藤岡歴史館 (4)
藤岡歴史館 (5)
藤岡歴史館 (6)
藤岡歴史館 (7)
藤岡歴史館 (8)
藤岡歴史館 (9)
藤岡歴史館 (10)
その他、独、英、米国に留学した際のパンフレットや手紙、設計の参考にしたとみられる航空雑誌、設計図の一部や計算ノートなどが展示されている。

日頃は来館者などほとんどいない資料館だが、平日にも関わらず約20名もの来館者が来ていた。決して広くない展示室に人がわんさかいて、ちょっと驚き。

しかし常設展示の埴輪や土器などの遺物をついでに見ていく人は、あんまりいなかったなぁ。

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みどり市東町沢入の陶器と良寛書の館。

陶器と良寛書の館 (1)
陶器と良寛書の館 (2)
地元出身の実業家である松嶋健壽氏(1914~95年)が、生家と収集した品々を市に寄贈したもの。

松嶋コレクションは、良寛書の扇面1点と掛け軸(復刻版)4点をはじめ、有田焼・九谷焼など日本各地の陶磁器と中国・韓国・東南アジアの陶磁器約1000点に及ぶ。これらの中から約150点を展示、一般公開している。

と言うことなんだけど、着いたのが16時15分。えっ?? 閉まってる。

確か17時まで開いていて、入館は16時30分までだったはず。ちょっとショック!! 見学したかったというのもあるけど、みどり市東町ってうちからけっこう遠いんだよね。

家に帰ってきてから調べてみたら、去年の10月から16時閉館と、開館時間が短縮されていた。

常に最新情報を入手しておかないとダメだね。

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みどり市東町草木の富弘美術館。

富弘美術館 (1)
富弘美術館 (2)
旧勢多郡東村出身の画家・詩人星野富弘の作品を展示した美術館である。1991年(平成3年)東村立の美術館として、老人福祉施設を改装して開館。建物の老朽化に伴い、2005年(平成17年)に新しい富弘美術館が開館。

富弘美術館 (3)
富弘美術館 (4)
星野富弘は、1970年(昭和45年)中学校教員時代に頸髄を損傷、手足の自由を失う。病院に入院中、口に筆をくわえて文や絵を書き始める。

富弘美術館 (5)
富弘美術館 (6)
富弘美術館 (7)
透明感あふれる水彩で描かれた草花と、素朴で美しい詩の世界から、見る者に「生きることのすばらしさ」「生きる勇気」を与えると評判になり、全国各地で「花の詩画展」開催され、随筆が教科書に掲載された。

富弘美術館 (8)
美術館の後ろには草木湖が。草木湖へつながる散策路も整備されている。

美術館をつくる計画があがった当初、星野は「どうせハコものを作っても、そのうちクモの巣が張ってしまうのでは・・・。」とためらっていたが、連日たくさんの来館者でにぎわい、開館96日目で入館者が10万人を超え、2010年(平成22年)には入館者600万人を数えている。

2006年(平成18年)には、障害を克服し永年優れた詩画の創作活動を続け、多くの人々に生命の尊さを伝え、深い感動と生きる勇気を与えた功績から、群馬県名誉県民の称号を贈られている。

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富岡市上黒岩の群馬県立自然史博物館。

県立自然史博物館 (1)
県立自然史博物館 (2)
富岡市のもみじ平総合公園内にあり、以前1度紹介したけど、中の写真を撮らなかったので、再訪したのを機に再掲載。(「富岡市・もみじ平総合公園」参照)

昭和53年(1978年)に、旧群馬県立博物館(富岡市一ノ宮)を改修し、群馬県立自然科学資料館が開館。平成8年(1996年)現在地に群馬県立自然史博物館として開館。

地球の時代、群馬の自然と環境、ダーウィンの部屋、自然界におけるヒト、かけがえのない地球の5つのコーナーで構成される常設展と、年3回の企画展を開催している。

適当に館内の展示を紹介。

県立自然史博物館 (3)
県立自然史博物館 (4)
県立自然史博物館 (5)

県立自然史博物館 (6)
県立自然史博物館 (7)
1番上の発掘風景は、強化ガラスの下にあるんけど、安全だと分かってはいても、上を歩くのは怖い。足がすくむ。

県立自然史博物館 (8)
県立自然史博物館 (9)
「自然界におけるヒト」コーナーの類人猿は、妙にリアル。

展示内容の案内シートも充実しており(もちろん、持ち帰れる)、深く理解することができる。個人的な興味の問題でいまいちのコーナーもあるけど、全体的には十分楽しめる!

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桐生市新里町奥沢の相澤忠洋記念館。

相澤忠洋記念館 (1)
日本の歴史を塗り変えた「岩宿遺跡」の発見者・相澤忠洋の旧石器をテーマにした記念館。(岩宿遺跡は「旧石器時代の存在を証明 -岩宿遺跡-」参照)

相澤忠洋記念館 (2)
相澤忠洋記念館 (3)
この記念館は、前期旧石器時代遺跡の夏井戸遺跡のある雑木林の中に建っている。

約6万年前遺跡といわれる夏井戸遺跡の中に、昭和54年(1979年)に「赤城人類文化研究所旧石器資料室」として開館。平成3年(1991年)に「相澤忠洋記念館」となっている。

この日は休館日じゃないはずなんだけど、開いていなかった。

相澤忠洋記念館には、岩宿遺跡で発見した槍先形尖頭器(石器)を初め、約300点の石器や、縄文早期の土器片、自筆原稿などが展示されているらしい。

相澤忠洋記念館 (4)
記念館前の「槍先形尖頭器」のモニュメント。

ところで、相澤が岩宿遺跡で発見した「槍先形尖頭器」は重要文化財にも何にも指定されていない。それに対して明治大学(杉原荘介)が発見した「ハンドアックス」などは、一括して国の重要文化財に指定されている。

岩宿遺跡発見の糸口になったのは、相澤が発見した「槍先形尖頭器」なんだけどね。

これは素人目にもおかしいような気がするが・・・。

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みどり市笠懸町阿左美の岩宿博物館。

岩宿博物館 (1)
平成6年(1994年)に笠懸野岩宿文化資料館として開館。平成16年(2004年)に岩宿博物館と名称変更している。

岩宿博物館 (2)
岩宿博物館 (3)
岩宿博物館 (4)
岩宿遺跡では、発掘によって2つの石器文化が確認されている。下層のものは、岩宿Ⅰ石器文化と呼ばれ、基部を加工したナイフ形石器と刃部を磨いた局部磨製石斧を含む石器群で、3万5000年前の後期旧石器時代初頭のものである。

上層の岩宿Ⅱ石器文化は、切出形ナイフ形石器などを含む後期旧石器時代後半(2万5000年前)の石器群である。

岩宿博物館 (5)
マンモスの骨格標本があった。さすがに石器だけの展示では、間が持たないことがよく分かってる(笑)。

岩宿博物館 (6)
マンモスの化石が置いてあり、触れると「証明書」がもらえる。まあ、もらえるというか、勝手に持って帰ってくるというか・・・。

残念ながら、個人的に石器にまったく興味がなく、加工した「石」を見ても歴史的な意義を理解する気にもならず。さらに、旧石器時代を「岩宿時代」なんて勝手に呼んで悦に入ってるのも気に入らない。

今までいろんな博物館や資料館に行ってきたけど、これほど興味を引くものがなかったのは初めて・・・。有料の博物館・資料館では、間違いなく最低ランク。今年のAwardワースト1位が早くも決定?

岩宿博物館はつまらなかったが、岩宿遺跡の歴史的な意義を否定している訳ではないので、誤解なきよう。(岩宿遺跡は「旧石器時代の存在を証明 -岩宿遺跡-」参照)

おまけ。
岩宿博物館がある一帯は「岩宿の里」と呼ばれているようで、岩宿遺跡や岩宿人の広場、ちびっこ広場などがある。

岡上景能
そんなところで、岡登景能の銅像をみつけた。景能は渡良瀬川から岡登用水を開削して宿用水とし、笠懸野の開発を行っている。

はっきり言って、博物館がめちゃくちゃつまんなかったので、岡登景能の銅像だけで記事にしようかと思ったくらいだ。

岡登景能関連記事
 「岡登景能の勧進 -神明宮-
 「岡登景能を祀る -岡登霊神社-
 「岡登景能の墓 -国瑞寺-

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吾妻郡長野原町林の八ッ場ダム広報センター・やんば館。

八ッ場ダムは昭和27年(1952年)の計画発表以来、水没予定の長野原町において頑強な建設反対運動が起きた。住民の方々の苦渋の決断により、ダム建設容認で動き出したが、民主党政権で建設中止、建設再開と振り回されることになった。

地元の方々のご苦労は察するに余りある。

やんば館 (1)
やんば館 (2)
八ッ場ダムのために水没する長野原の方々の半世紀にわたるご苦労とダムの必要性を理解してもらうため、平成11年(1999年)に開館した(by 国土交通省!)。

建屋の横には平成21年(2009年)の政権交代時、TVニュースによく映った湖面2号橋も既に完成形。当時は建設途中で十字架状だった。

やんば館 (3)
一応反対運動のことも書いてあるパネル。

やんば館 (4)
やんば館 (5)
まあ、国交省のプロパガンダ館なので、ダム事業のマイナス面の展示はなし。やたら出てくる「リサイクル」の文字が鼻につく。山林を削って、自然環境を破壊するダム事業で、「環境にやさしい」もあったもんじゃないと思うが・・・。

やんば館があるところは水没予定地。まあ、立派な建屋だこと。でも、外観に似合わず中(展示室)は狭い!!きっと、奥に広いスタッフルームがあるんだろうな、なんて想像しちゃう。だって、役人のやることだもん。

やんば館 (6)
やんば館 (7)
下流側(川原湯温泉あたり)では、別の湖面橋の工事中。

ところで、このやんば館は4月26日をもって閉鎖、4月27日にオープンする道の駅「八ッ場ふるさと館」内へ移転する。

当初は、この建屋ごと移転させるとしていたが、それはあきらめ規模を縮小しての移転となった。建屋ごと移転させるのもムダだけど、この建屋を水没させるのも、またムダである。

やんば館の開館に伴う費用は2億円! 現在までの諸々の費用を考えると・・・。

結論として、やんば館を作ったことも大いなるムダってこと。

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