前橋市元総社町の御霊神社。

前橋・御霊神社 (1)
前橋・御霊神社 (2)
御霊神社の創建年は不明だが、上野国府に仕える役人の子弟を教育する学校があり、その傍らにあった学校院若王子大明神が御霊神社の起源らしい。

前橋・御霊神社 (3)
建武4年(1337年)に長尾景忠が上野国の守護代になり、国府跡を蒼海城として城郭化し、貞治2年(1363年)長尾一族の氏神である御霊神社を勧請し、若王子大明神と合祀した。

永禄9年(1566年)蒼海城は武田氏に攻められ、御霊神社も蒼海城もろとも破壊された。御霊神社が再建されたのは江戸時代初頭。社殿が整備されたのは明治に入ってからのようだ。

前橋・御霊神社 (4)
前橋・御霊神社 (5)
御霊神社は鬱蒼とした林(森まではいかない)の中にあるが、参道と社殿脇に庚申塔がたくさん並んでいる。これは江戸時代末に、地元及び近隣の村、全戸から一体ずつの庚申塔を募ったものらしい。

御霊神社から西に行くと上野国分寺(跡)、東には国府国庁(現、宮鍋神社)がある。つまり西端に国分寺、その東に国学、さらに国府中枢があるという施設配置になっている。これは筑紫大宰府の配置と同じである。

関連
 「あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-
 「上野国府跡? -宮鍋神社-