前橋市苗ヶ島町の霊松山金剛寺。

金剛寺 (1)
金剛寺 (2)
開山は承安年間(1171~75年)赤城山大通庵に創建し、 山号を厳松山と称した。慶長(1596~1615年)、元和(1615~24年)の頃現在地に移っている。

創建時の大通竜跡の松を採って観音菩薩を作ったところ、その根に霊芝が生えてきてその形が尊像にな ったことから、霊松山の山号となったと伝えられる。

金剛寺 (3)
金剛寺 (4)
宝暦年間(1751~63年)に火災の為灰燼に帰したが、後に再建されている。

金剛寺には、前橋市の重文が数多くあるので、いくつか紹介する。

金剛寺 (5)
六地蔵の石幢。灯籠の形で火袋の変わりに六地蔵を刻んだ塔身を入れ、竿部に輪廻車孔を持っている。塔身部は三面を一面各々二体づつ地蔵を配し他の一面は弥陀三尊像を刻している。輪廻孔左右に銘文が刻まれている。

金剛寺 (6)
開山・円義上人の墓。

金剛寺 (7)
金剛寺 (8)
おびんづる様の石殿。中に木像ののおびんづる様が鎮座していたが、朽ちてしまい、昨年立派なおびんづる様が再建されている。おびんづる様といのは お釈迦様の十六人の弟子(十六羅漢)の一人。

金剛寺 (9)
赤城塔と呼ばれる五輪塔。だいぶ草が生い茂っていた(笑)。

金剛寺 (10)
金剛寺 (11)
本堂の欄間彫刻。写真のものが重文指定のものかは不明。

その他、双体道祖神が有名らしいが、見逃したようだ。

金剛寺墓地には、東宮鐡男(とうみやかねお)陸軍大佐の墓がある。これは次回。