前回に引き続き高崎市山名町の龍玉山光台寺。
光台寺には「上野三碑考」の作者・木部白満(つくもまろ)の墓がある。

光台寺2 (1)
木部白満(つくもまろ)の墓。墓石は高さ1mほどの菱型形の自然石という、一風変わったお墓。

木部白満は安永5年(1775年)山名の旧家に生まれる。父は葉タバコの仲買人で財を成している。白満は家を継がず(弟・三十郎が継ぐ)、倉賀野に藤波屋という旅籠を出している。

白満が文政2年(1819年)に著した「上野三碑考」は、初の三碑考察論文である(「上野三碑」とは多胡碑、山ノ上碑、金井沢碑のこと)。これにより、上野三碑が全国的に知られることになった。

光台寺2 (2)
白満の墓の前にある弟・三十郎の墓。三十郎は馬庭念流の免許皆伝! 黒澤明監督の映画「椿三十郎」のモデルではないか?という噂が地元で流れた。しかし真偽は知らない。