桐生市梅田町の鶴松山高園寺。

高園寺 (1)
高園寺 (2)
高園寺の創建は、室町時代の応永年間(1394~1428年)。天文2年(1533年)に七堂伽藍が完成するが、その後幾度となく火災や水害に見舞われている。

山門は明治時代に倒壊してしまったが、昭和63年(1988年)再建されている。

高園寺 (3)
高園寺 (4)
本堂は昭和7年(1932年)に大改修が行われている。(再建年代は分からなかった。)

高園寺 (5)
高園寺 (6)
本堂左手に小さな池があるが、「宇治川の先陣争い」で有名な名馬「池月」が育てられた池という伝承(伝説)がある。

「宇治川の戦い」は、永寿3年(1184年)の源範頼・義経軍と木曽義仲軍との間の合戦。この合戦で、佐々木高綱と梶原景季が先陣を争い、矢が降りそそぐ宇治川を勇猛果敢に渡り勝利に貢献したというもの。

佐々木高綱が乗っていたのが「池月」。梶原景季は「磨墨」。「池月」も「磨墨」も源頼朝から拝領している。先陣争は「池月」に乗った佐々木高綱が一歩先んじている。

ついでに、佐々木高綱と梶原景季は両者とも群馬県に多少の関係がある。佐々木高綱は、兄・佐々木盛綱夫妻の墓との伝承がある五輪塔が、安中市磯部の松岸寺にある。
(「伝佐々木盛綱夫妻の墓 -松岸寺-」参照)

梶原景季は、梶原景時父子の墓との伝承がある五輪塔が、前橋市富士見町の珊瑚寺にある。父(景時)子(景季、景高、景茂)を指す。
(「梶原景時父子の墓? -珊瑚寺-」参照)

ついでに名馬の話で言うと、一ノ谷合戦(源平の戦い)などで熊谷直実とともに活躍した「権田栗毛」は旧倉渕村の産出との伝説がある。
(「伝・権田栗毛 終焉の地」参照)

さすが群馬県! 数々の伝承・伝説がある!