北群馬郡吉岡町上野田の三国街道一里塚。

三国街道一里塚 (1)
上野田の一里塚は、起点の高崎から教えて四里(約16km)のところ。

三国街道一里塚 (2)
昭和の初期まで残っていた榎は、高さ8m余り、根回り6mの巨木で樹齢数百年だったが枯れてしまったという。現在の榎は2代目で、地元の人たちが植え替えたものといわれる。

三国街道一里塚 (3)
この樹下に聖徳4年(1714年)と万延元年(1860年)の庚申塔があり、庚申塚と呼ばれている。

一里塚は、慶長9年(1604年)に江戸幕府2代将軍・秀忠の命令で主な街道が整備された時、距離の目印として築かれたもの。一里塚には木を植え旅人の目印とし、旅の疲れを休めるところにした、というのが一般的な解釈だが、多分に政治的な意味合いも含まれていた。