藤岡市西平井の護国山円満寺。

円満寺 (1)
円満寺 (2)
円満寺 (3)
室町時代前期の永享10年(1438年)、関東管領・山内上杉憲実が鎌倉から平井へ退去する際、鎌倉の極楽寺を平井に円満寺として再建したといわれている。

なぜかしら、山門は妙に立派なんだよね(笑)。

円満寺 (4)
円満寺は天文21年(1552年)平井城落城のときに焼失している。江戸時代中期の明和5年(1768年)、現在地に移り再建している。

円満寺 (5)

円満寺 (6)
参道脇に、上杉氏累代の墓と記された供養塔が建っている。

昭和55年(1980年)、上杉憲房の墓碑が発見され、上杉氏の菩提寺だったと考えられている。憲房は憲実の孫で、北条氏に追われ越後に逃げた憲政の父にあたる。
(「関東管領・山内上杉氏の居城 -平井城址-」参照。)

はっきり言って、室町時代ってよく分かんないんだよね。いろいろ資料を読んだんだけど、やっぱり良く分かんない。

とは言え、平井城のお膝元なので上杉氏関連がちょっと続くよ。