安中市安中の三社神社。

三社神社 (1)
文政5年(1822年)、江戸幕府道中奉行だった石川忠房は、安中宿住民の度重なる嘆願により、安中宿の常備人馬を中山道各宿の半分に減らす。

三社神社 (2)
これに感謝した安中住民は忠房を生き神として生祠を建て、その恩に報いたものだという。

三社神社 (3)
天保5年(1834年)には、安中藩主・板倉勝明が安中城本丸に生祠之碑を建立した。その碑は、今ここにあるようだ。

中山道宿場町は、50人50匹の人馬を常備しなかれならないという役務があった。安中宿は総人口が348人、そのうち男は162人という規模だったため、常に男の3分の1を動員しなければならなかった。

これを半分に減らせたのだから、住民は大いに喜んだ。

しかし、生きているうちに神として祀られた本人は、どんな気持ちだったんだろうね。