邑楽郡千代田町新福寺の真福山寶林寺(ほうりんじ)。

宝林寺 (1)
宝林寺 (2)
宝林寺 (3)
徳治元年(1306年)に足利義満の帰依僧・大拙祖能禅師の開山。その後兵火にかかり衰退したが、寛文7年(1667年)潮音禅師により館林城主・徳川綱吉の帰依を得、堂宇を再建した。

宝林寺 (4)
宝林寺 (5)
梵鐘は寛文10年(1670年)に館林藩家老・黒田信濃守が、館林にあった広済寺に寄進したものだが、広済寺が廃寺となり天和3年(1683年)同宗の寶林寺に移された。

その後、江戸深川で広済寺が再建された事で所有権争いとなり、両寺で揉め事に発展。結局、小幡竜門寺の三光和尚が仲裁し、寶林寺が金銭を払うことでにて解決したとのこと。

広済寺が廃寺となったのは、徳川綱吉が将軍になり館林藩が廃藩となったからで、後に深川に再建されたのも綱吉(潮音禅師含む)の意向と考えられる。

まあ、綱吉はまったく関係ないように見えるが、綱吉ゆかりの梵鐘ということで。