みどり市東町花輪の旧花輪小学校記念館。

最初に書いておくが、タイトルの今泉嘉一郎は、日本鋼管創業者のひとり。現在日本鋼管は川崎製鉄と合併し、JFEスチールグループ。

旧花輪小記念館 (1)
旧花輪小記念館 (3)
旧花輪小学校は、明治6年(1873年)5月の開校。現在の木造校舎は、卒業生でもある今泉嘉一郎の寄付により建てられた。昭和6年(1931年)の建設で、外部の建具がアルミサッシに取り替えられた他は、建築当初の姿をそのまま留めている。

旧花輪小記念館 (4)
旧花輪小記念館 (5)
4間×5間の教室と北側片廊下の形式は、明治後半から昭和初期にかけて作られた典型的な木造校舎と言える。特に、屋根上に設置された換気口は県内では他に例がなく、デザイン的にも優れている。

平成13年(2001年)3月に小学校の統廃合により廃校となったが、地元の努力により、平成15年(2003年)旧花輪小学校記念館となった。

旧花輪小記念館 (6)
旧花輪小記念館 (7)
今泉嘉一郎の立派な銅像と展示パネル。ゆかりの品や功績の数々など、さまざまな資料が展示されている。

旧花輪小記念館 (8)
卒業生には今泉嘉一郎の他に、童謡「うさぎとかめ」の作詞をし、童謡の父と称される石原和三郎がいる。和三郎は後に花輪小の校長も務めている。

2人とも旧勢多郡東村の名誉村民である。

歳がばれるけど、オレも小学校6年間、ずぅ~っと木造校舎だった。オレの学校も、こんな感じだったと思う。