みどり市笠懸町阿左美の鳳陽山国瑞寺。
ここには岡登用水で有名な、岡登次郎兵衛景能(かげよし)の墓がある。

国瑞寺 (1)
国瑞寺 (2)
国瑞寺 (3)
国瑞寺の所縁は、調べてみたけど良く分かんなかった。

国瑞寺 (4)
景能は寛文元年(1661年)に代官になり、さらに足尾銅山奉行もつとめ、産出銅を運搬する銅山街道を整備し、中心の宿として大原宿を設置。それと並行して渡良瀬川から岡登用水を開削して宿用水とし、笠懸野の開発を行った。

寛文12年(1672年)、10年以上の年月をかけて完成した岡登用水は長さ24kmに達し、旧笠懸町、旧薮塚本町、旧新田町、旧赤堀町、旧勢多東村などの7ヶ町村にて、農作が可能となった。

その善政は住民から慕われていたが、余りの名声にこれを妬む者の讒言により、貞享4年(1687年)自刃している。

岡登景能は、岡上景能が正しいらしい。景能死後(自刃)、末裔が岡登を名乗ったため、岡上景能も岡登景能と書かれるようになった。

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