富岡市富岡の中法山海源寺。

以前、同じく富岡市にある龍光寺の富岡製糸工女さんのお墓を紹介したが、今回の海源寺にも工女さんのお墓がある。(「富岡製糸工女の墓 -龍光寺-」参照)

海源寺 (1)
海源寺 (2)
海源寺 (3)
海源寺 (4)
富岡製紙の南側に位置する海源寺。

明治5年(1872年)に、殖産興業政策の一環として設立された富岡製糸は、製糸業の近代化を図るため、当時の最新技術(主にフランス)を導入していた。そのため全国から多くの工女さんが集まり、技術習得に励んでいた。

しかし不幸にして富岡の地で病に倒れ、亡くなった工女さんも多かった。

海源寺 (5)
明治6年(1873年)~明治9年(18767年)に亡くなった工女さん2人と工男さん1人が葬られている。男性もいたのね。

墓石のひとつには、次のような辞世の句も刻まれている。
 「夏の夜の夢いをさそふ時鳥(ほととぎす) 我が名をあげて雲の上まで」

現在、富岡製糸場を中心とした「富岡製糸場と絹産業遺産群」として、世界遺産に登録する取組が進められている。

志半ばで亡くなった工女さんたちのためにも、世界遺産として残したいものだ。