富岡市妙義町中里のお菊(菊女)の墓。

以前、甘楽町の宝積寺にある、お菊の墓と伝説を紹介した。
(「お菊伝説 -宝積寺 その2-」参照。)

概略は、小幡信貞に仕えていた美しい腰元「お菊」が、奥方や他の腰元の嫉妬を買い、無実の罪で石櫃に毒蛇、ムカデと一緒に入れられ、菊が池に沈められてしまったという悲しい話。

お菊の墓は宝積寺にあり、今では菊女観音という立派な観音様が建っている。ところが、このお菊の墓が旧妙義町にもあるという。

菊女の墓 (1)
ありました、お菊の墓が。立派な五輪塔である。旧妙義町の重文にも指定されているようなので、それなりに有名??但し、この五輪塔はお菊伝説の時代背景である戦国以前の様式も見られるようである。

まあ、もともとが伝説だからね。

菊女の墓 (2)
お菊の墓の脇には添碑が2つある(お墓のようにも見えるけど)。向かって左の添碑には、正面に「菊女の墓所」、左面に「信州松代藩中小幡長右衛門平龍蟄立石」とある。右の添碑には、正面に「菊無妙」、左面に「菊女父母」とある。

年号は安政5年(1858年)とあるので、添碑は幕末の建立のようだ。

なんでお菊の墓が旧妙義町にあるかというと、お菊の父親(菅根正治)がこの地に住んでいたかららしい。父親は小幡信貞の家臣だった。

お菊伝説が本当だとすると、父親はどんな気持ちだったろうね。