高崎市新町の神流川合戦戦死者の供養塔。

閻魔堂
新町の街中に閻魔堂がある。と言っても、今回ここに行った理由は閻魔堂ではなく、隣に建っている供養塔。これは「神流川合戦戦死者供養塔」。

神流川合戦供養塔
神流川の合戦とは、織田家・滝川一益と北条氏直・氏邦が争った、戦国時代を通じて関東地方で最大の野戦といわれている。

1582年本能寺の変で織田信長が急死したため、近畿に戻ろうとした滝川一益と、これを機に上野国へ侵攻しようとする北条軍が、神流川付近で激突したもの。北条軍5万6000に対し、滝川軍は2万弱といわれている。結果は、北条軍の勝利に終わり、滝川軍は4000人が討ち死にしたという。

国道17号の神流川橋たもとに、神流川合戦碑がある。
(「戦国時代に想いをはせる -神流川の合戦-」参照)
これはけっこう有名なんだけど、こっちの供養塔の存在は、最近まで知らなかった。

供養塔の由来もなんにも知らないけど、神流川合戦というのは歴史上名高いし戦死者も多いので、地元の方々が祀ったのかもね。