高崎市吉井町上奥平の奥平神社。

奥平神社 (1)
奧平神社は嘉永元年(1848年)に元神明宮であったところに字城の八幡神社を遷座させ、大正元年(1912年)に上奥平村、下奧平村、坂口村の各社を合祀、奧平神社と改称している。

奥平神社 (2)
奥平神社 (3)
奥平神社 (4)
社殿の建立年などは分からない。

奥平地区はその名が示すように奥平氏の発祥の地とされている。奥平氏は村上源氏・赤松則景の二男・氏行が、秩父氏の一族児玉庄左衛門の婿となり奥平氏を称したことに始まる。8代・貞俊の代に、奥平から三河国設楽郡作手郷へ移っている。

奥平氏で有名なのは、戦国時代の長篠城主・奥平貞昌かな。設楽が原の戦い(長篠の戦い)時、武田勝頼軍の猛攻から守り抜いた。

実は、奥平神社の近くに「奥平氏発祥の地」という碑があるらしいんだけど、見つけられなかった。そこは初期仁叟寺の跡地らしいんだけど。あそこかな、という場所はあったんだけど、道がよく分かんなくて。