高崎市吉井町神保の天佑山公田院仁叟寺(じんそうじ)。

仁叟寺 (1)
仁叟寺 (2)
応永元年(1394年)から正長元年(1428年)にかけて奥平貞訓により創建された。その後、大永2年(1522年)に現在地に寺を移して本堂を再建、雙林寺の高僧・直翁裔正禅師を招き開山された。

仁叟寺 (3)
仁叟寺 (4)
本堂は上記の通り大永2年(1522年)の建立。昭和31年(1965年)に瓦葺きに改修。

大名の小幡氏、奥平氏、菅沼氏、地頭長谷川氏、溝口氏などから手厚い保護を受け、寺盛を保ってきた。墓所には奥平貞訓、長谷川氏、溝口氏の墓がある。

仁叟寺 (5)
奥平貞訓の墓。
奥平貞訓に関していろいろ調べてみたんだけど、結果的に何にも分からず。個人的には、奥平貞俊のこと(同一人物)かな、なんて思ったりする。

ちなみに、大永2年(1522年)に現在地を寄進したのは、子孫の奥平貞能である。奥平貞能は「信長の野望」にも登場する有名人(?)。

仁叟寺 (6)
地頭・長谷川氏の墓。長谷川淡路守と長谷川讃岐守。

仁叟寺 (7)
地頭・溝口豊前守勝信の墓。

仁叟寺 (8)
県内屈指の伽藍を誇るだけあって、いろんなものがある。欣光閣、文殊堂、開山堂、座禅堂、鳳寿堂、薬師堂、延寿堂などなど。

初代吉井藩主・菅沼定利も仁叟寺に葬られたとあったので、墓所を探してみたけど、見つからなかった。調べてみたら、150年後に三河新城藩に移封になっていた5代目・定用により玄太寺(げんたいじ)に移されたという。

ということで、次は玄太寺ね。