高崎市倉渕町の権田栗毛終焉の地。
権田は地名、栗毛は馬の種類。そう、名馬の終焉の地。

権田栗毛終焉の地 (1)

一ノ谷の合戦で怪我をした権田栗毛は、主の慈悲により生まれ故郷である上州の馬場まで戻る事となった。しかし帰ってみると生家は既になく、困った権田栗毛は主である熊谷直実のもとに帰る事とした。だが、元々が傷ついた身であり、当地で倒れ息を引き取った。

権田栗毛終焉の地 (3)
権田栗毛終焉の地 (2)
最期にあたり、この川の上(かみ)に向かって、流れる水を飲んだという。これを、さかさ水というらしい。また約30mほど山際に入った所に、枕にしたという「枕石」がある。碑の写真は撮って来たのだが、枕石はよく分かんなくて・・・。

権田栗毛
熊谷次郎直実と権田栗毛。

主である熊谷次郎直実は、源平・一ノ谷の合戦で、源義経とともに鵯越を逆落としに下り、平家の陣に一番乗りで突入する大功を挙げた。また、平敦盛(平清盛の甥)を討ち取ったくだりは有名である。

権田栗毛も次郎直実とともに、歴史的な合戦の経験者(?)である。

馬を一人称で扱っているところが、お伽噺っぽいね。