高崎市倉賀野町の倉賀野神社。

倉賀野神社 (1)
崇神天皇の皇子・豊城入彦命は父帝から東国の平定を命ぜられる。出立の時帝から亀形の自然石(亀石)を授けられた。

倉賀野神社は、豊城入彦命が都から持参してきた亀石を御霊代として、祭祀行ったことに始まるという。この石は大国魂神の分霊とされ、倉賀野神社のご祭神となっている。

倉賀野神社 (2)
倉賀野神社 (3)
建長5年(1253年)倉賀野氏の祖・高俊が社殿を造営。以後、倉賀野氏の氏神として社殿の建替、修復が繰り返された。

倉賀野神社 (4)
倉賀野神社 (5)
現在の本殿は慶応2年(1866年)の造営で、一間社流造りで背後に唐破風を付けたり、随所に彫刻を施した立派なもの。

倉賀野神社 (6)
拝殿前に建つ常夜燈。これを寄進したのは、倉賀野宿の飯盛り女・三国屋の「つね」である。他にも、飯盛り女が寄進したという石玉垣もある。
(飯盛り女に関しては、「飯盛り女の墓 -九品寺-」参照。)

「飯盛り女」も心の拠り所として神仏にすがりたい、ということもあったんだろうね。