高崎市倉賀野町の一行山九品寺(くほんじ)。

九品寺 (1)
延徳3年(1491年)倉賀野城主・倉賀野五郎行信の創建といわれる。

九品寺 (2)
大きな石碑は橋供養碑で、宝蔵橋(太鼓橋)を架け替えた際の旧橋供養のために建立されたと考えられる。文化4年(1807年)の銘がある。この橋の架け替えの話は、後で紹介。

九品寺 (3)
九品寺 (4)
本堂は平成23年(2011年)の再建。まだ新しい。

九品寺 (5)
旧本堂に乗っていた鬼瓦(だと思う)。

九品寺 (6)
本堂西側に「飯盛り女」の墓がある。飯盛り女とは、江戸時代に街道宿場にいた、奉公人という名目の女郎(私娼)。倉賀野宿は寛保2年(1742年)に宿場女郎屋の鑑札が許可され、64軒の宿屋に200人もの飯盛り女がいたという。 

先述の橋の架け替えは、宿屋の主人たちが金を出し合ったことになっているが、実際は飯盛り女の給金から出させたもの。貧しさゆえに奉公に出され(実際は売られ)、暮らしも楽ではなかった思うが。

悲哀・・・。